それはいつかの、
***
「ひろくんっ、」
「……千花」
「ごめ、ごめんなさ……っ」
泣かないで、と君の涙を拭おうとする。けれど、それが叶うことは無い。――――だって。
「私のせいでっ……!」
だって、僕は常世のひとで、君は浮世の人だから。
あの日、屋上から転落したのは、君ではなくて僕だった。二人とも助かる方法がないと思った僕が、咄嗟に、君を助けるために、君を庇って落ちたのだった。
「……紘くんっ」
「ちーか、」
「ひ、ろくんっ……」
ぽろぽろと、君は涙を零す。困ったように、僕は君に笑いかける。千花、とその名を紡いだ。千花、千花、ちか。
紘くん、と君が僕の名前を呼ぶ。うん、とその声に頷いて、もう一度千花と名前を落とす。そうして君は、僕の名前を口にする。
何度も何度も、お互いの名前を呼び合って。君の存在を確かめるように、僕の存在を確かめるように、何度も名前を呼び合って。
ぱたり、床に落ちていく涙。二人しかいない教室に響く、君と僕の声。
千花、と君を呼んだ。僕を見る君に、僕は優しく微笑んで。
「――――ありがとう、千花」
僕を、見つけてくれて。僕の名前を、呼んでくれて。
そう言えば、君は涙の中に笑みを浮かべるから。
「――――っ」
僕は、君の唇にキスを落として。
「好きだよ、千花」
――――そう言い残して、浮世から姿を消した。