オフィス・ラブ #3
「シンガポール!?」
「と、カナダ2都市をハシゴ」
水音を立てて、くたびれた様子で肩のうしろをもみほぐす。
空港から直行してきた、と言うから、飛行機で大阪から帰ってきたのかと思ったら。
なんと、帰国したばかりだったらしい。
食べ終えるなり、風呂に入りたい、と言いだしたのも、うなずける。
「システム系の支社が、海外に点在してるんだ」
「どのくらい行ってたんですか」
「3週間弱だな」
そんなに。
「連絡くらい、くれても…」
長く日本を離れる時くらい。
つい、そうつぶやくと、新庄さんは何も言わず、ハーブのバスオイルで白く濁ったお湯に手を突っこんだ。
向かいあわせに座っていた私の足首をつかんで、容赦なく引っぱりあげる。
「きゃー!」
ぎりぎり浴槽のふちをつかんだから溺れずに済んだものの。
当然私は体勢を崩して、顔の半分までお湯に沈むはめになった。
「俺は、言おうとした。お前が急に電話を切って、その後もずっと、出なかったんだろう」
「あ…」
あの時、何か言いかけてたのは、それだったのか。
私はあの後、仕事用のがあるからと、数日、私用携帯の電源を入れなかった。
お湯の入った鼻を、手の甲で押さえながらグズグズとすすっていると、新庄さんが、大塚、と厳しい声を出した。
「俺は、ああいうのは、好きじゃない」
「すみません…」
まっすぐに怒られて、つい縮こまる。
そうだ、話を聞いてもらえない苛立ちは、私もよく知ってる。
「言いたいことは言って、相手が何か言ったら、絶対に聞く。これは、俺たちのルールにしようぜ」
私たちの、ルール。
その響きは、なんだか妙に青臭くて、みずみずしくて、くすぐったい。
まさか新庄さんが、そんなことを言いだすなんて。