オフィス・ラブ #3


「シンガポール!?」

「と、カナダ2都市をハシゴ」



水音を立てて、くたびれた様子で肩のうしろをもみほぐす。


空港から直行してきた、と言うから、飛行機で大阪から帰ってきたのかと思ったら。

なんと、帰国したばかりだったらしい。

食べ終えるなり、風呂に入りたい、と言いだしたのも、うなずける。



「システム系の支社が、海外に点在してるんだ」

「どのくらい行ってたんですか」

「3週間弱だな」



そんなに。



「連絡くらい、くれても…」



長く日本を離れる時くらい。

つい、そうつぶやくと、新庄さんは何も言わず、ハーブのバスオイルで白く濁ったお湯に手を突っこんだ。

向かいあわせに座っていた私の足首をつかんで、容赦なく引っぱりあげる。



「きゃー!」



ぎりぎり浴槽のふちをつかんだから溺れずに済んだものの。

当然私は体勢を崩して、顔の半分までお湯に沈むはめになった。



「俺は、言おうとした。お前が急に電話を切って、その後もずっと、出なかったんだろう」

「あ…」



あの時、何か言いかけてたのは、それだったのか。

私はあの後、仕事用のがあるからと、数日、私用携帯の電源を入れなかった。

お湯の入った鼻を、手の甲で押さえながらグズグズとすすっていると、新庄さんが、大塚、と厳しい声を出した。



「俺は、ああいうのは、好きじゃない」

「すみません…」



まっすぐに怒られて、つい縮こまる。

そうだ、話を聞いてもらえない苛立ちは、私もよく知ってる。



「言いたいことは言って、相手が何か言ったら、絶対に聞く。これは、俺たちのルールにしようぜ」



私たちの、ルール。

その響きは、なんだか妙に青臭くて、みずみずしくて、くすぐったい。

まさか新庄さんが、そんなことを言いだすなんて。

< 107 / 152 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop