オフィス・ラブ #3
「相手の方は、どなたですか?」
年を召した、白髪の素敵な男性だった。
それでも目つきは鷹のように鋭くて、一見してただ者ではなかったんだけど。
隠し玉、と堤さんが笑って、満足げに煙草を吸う。
短くなった煙草を消した新庄さんが、箱から新しい一本を取り出しながら、にやりと笑った。
「俺の大学のOBだ」
本部長は、やはりうちに恨みがあった。
彼が商品企画時代にプロデューサーを務めた、かなり大きなブランドの立ち上げの際、うちがコンペで担当を勝ちとり。
けれど、契約した若手男性タレントが、発売直前に、あるTV局を相手に、言いがかりに近い訴訟を起こしたらしい。
「血の気が引いたぜ、あの時」
「他局からも敬遠されて、PR戦略がおじゃんになったんだよね」
「それで、どうなったんですか?」
「もちろん、宣伝素材はすべてパアだ。CFも紙モノも、突貫で全部作り直し」
そんな導入が、うまくいくわけがない。
事情に通じている宣伝部の人たちは、まだ理性的に対応してくれたものの。
当時商企のマネージャーだった本部長は、代理店の安請け合いが原因だと、激昂したらしかった。
向こうの社内的に見れば、宣伝部が大チョンボをやらかした形になり、社内中の、特に商品企画部の猛非難を浴び。
元から仲のよくなかった両部署の確執は、深まるばかりとなった。
「私たちとしては、いたたまれない話ですね…」
「しょうがない、なんて言ったところで、それこそしょうがないもんね」
「うちはペナルティとして、その後一年、ブランドコンペの出場権を失ったんだが」
まあ、そんなもので彼の怒りがおさまるわけもなく。
それを引っぱったまま、今回の本部長就任となったのだ。
大人げない話だけど、わからなくもない。
「その話を新庄から聞いた時、向こうがそう来るなら、こっちも弱みを突こうと思って」
課長にも協力してもらって、いろいろ探した結果、大学のOB会、という鍵を見つけたらしい。