オフィス・ラブ #3
「お前、何か聞いたな?」
そう言って、眉を寄せて堤さんを見た。
堤さんは、違う、というように煙を吐きながら首を振る。
じゃあ三ツ谷あたりか、と鋭い推測をして、新庄さんが息をついた。
箱から煙草を出しながら、テーブルに背中を預けて、私と向かいあう。
「俺は、戻るよ」
「でも…」
「戻る」
きっぱりと言われて、もう言い返すことがない。
新庄さんが戻ると言うなら、絶対に戻ってくるんだろう。
「ずっと、気にしてたのか」
「かなり際どい立場って聞いたので…」
「そんなの、組織で働いてりゃ、いくらでも起こりうることだろ」
え、そんな受けとめかた?
それはちょっと、軽すぎじゃない?
「そういうのがあるから、面白いんだろ、仕事なんて」
人間が、企業を作ってるんだ。
平気な顔して、そう言って。
いつもの仕草で、火をつける。
はあ、と気の抜けた声を出した私を、堤さんが笑った。
「帰ってこないと思った?」
「…ちょっと、思いました」
「当初は、その可能性もあったからね。彼女にこんな思いさせとくなんて、男としてどうかと思うよ、新庄」
そう責められて、新庄さんは、さすがにバツが悪そうに、私を見る。
「なんで言わなかった」
「空気を読んだんです」
「どこの空気だ」
「ケンカなら、社外でやってよ」
なんで、私が責められなきゃなんないの。
だって、もし本当だったらと思うと。
怖くて訊けないじゃない。
何も言ってくれないから、不安になるんじゃない。
けど新庄さんに言わせたら。
不安がないから、言わなかったんだろう。
はあ、とため息が出た。
そうだった、この人は。
言わなきゃ、わからないんだ。