オフィス・ラブ #3
イベント業務の多い時期でもあり、会うのは実に、出向の話を聞いた日以来だった。

大阪の住所と転居日が決まった時だけ、新庄さんはメールをくれた。



私たちは、いまだになんとなく、仕事上の関係を引きずっていて。

互いへの連絡を、なるべく簡潔に、無駄なく済まそうとする習性が、染みついてしまっている。

たぶん、お互いの性格のせいもあるとは思う。

用もないのに電話やメールなんて、一度もしたことがないし、そんな連絡をほしいとも思わなかった。


声が聞きたければ、そのぶん会える日を楽しみにしたし。

会えないとはいえ、同じ会社にはいるわけで、特に寂しいとも感じずにいた。


その習慣が、深い溝となって、これからの私たちの間に横たわる予感がする。



想いがあふれて、キスのやめどきがわからない。

きりがないことに気がついたのか、先に身体を離したのは、新庄さんだった。



「週末は、車ですか?」

「いや、こいつは置いていく」



ギアを入れて、ゆっくりとはいえない鮮やかさで車を出す新庄さんに尋ねると、予想外の返答があった。



「向こうのマンションに、駐車場がないんだ」



煙草に火をつけながら、そう言う。


出向時の住居は、会社が用意してくれる。

その間も、新庄さんは、今のマンションを維持しておくことにしたらしい。

車を置いていくなら、妥当な選択かもしれない。


連れてってやりたいけどな、とつぶやく新庄さんに、なんて声をかけたらいいのかわからなかった。



出向先は、説明会でも話題にのぼった、マーケティングを専門とする関連会社だ。

一昨年度の設立以降、常に何名かが本社から出向しているので。

年齢的にもポジション的にも、新庄さんが抜擢されるのは、何も不思議じゃない。

キャリアアップのために、一度本社を出るのは、当然のルートだ。


でもまだ、新部署が立ちあがって、一年もたっていないのに。

もう少し待ってほしかった、という勝手な考えが頭をよぎる。

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