オフィス・ラブ #3
「商品企画から広告宣伝まで、ブランドの流れを一本化すべきって考えらしい」
あの林田さんまでもが、深刻な声を出す。
「AOR制にもデメリットはありますから、その考えもわかりますが…」
「先方、本部長が変わったんでしたっけ」
「AOR制が締結されたのって、いつ?」
「部長はギリギリ、当時を知ってるんじゃないかな」
AORとは、指名代理店の略称だ。
両チーフを中心に、みんなが口々に喋る中、井口さんは浮かない顔で押し黙っていた。
そうだろう、TV担当の彼は、一番影響が大きい。
指名制度がなくなるということは、今後は商品ブランドごとに、完全に担当代理店を分けるということだ。
TVだろうが新聞だろうが、そのブランドを担当する代理店がすべて買いつけて、広告主に売る。
そして、一度契約したら、数年単位で継続される指名制度とは違って、どの代理店がどのブランドを受け持つかは、新ブランドが出るたびにコンペで決定される。
コンペに落ちたら、もうそのブランドの広告の一切に、関わることができなくなる。
すなわち、仕事がなくなるということ。
TVの指名契約があるおかげで、私たちは、他店に比べてケタ外れに大きな取り扱い額を保ってきた。
AOR制の廃止によって、それが丸々、私たちの手から消える可能性が出たのだ。
「TVがなくなるのは、痛いですね」
「額にしたら、他の全部のメディアを合わせたより大きいだろ」
誰もが戦々恐々とする中でも、井口さんの心境は推して知るべし、で。
話がTVのほうへ向かうと、彼は大柄な身体を背もたれに投げ出して、やばいな、と短く言った。