オフィス・ラブ #3
AORのことはさておき、あなたからは買わない、と言われるのは、営業にとって最もつらく、屈辱だ。

たとえ先方の方針だとしても、それを押してでも採用したい魅力が、私の提案にありさえすれば。

そうしたら、受けてもらえたのでは?


どうしたって、そう考えてしまう。



長いため息をつきながら部屋へ戻ると、携帯が点滅していた。

化粧水のコットンを顔にあてながら開く。


新庄さんからの着信だった。


一瞬で、身体が熱くなる。

つい今しがたの着信なので、かけ直しても問題ないだろう。

たった数秒の履歴が、彼らしくて心が温まる。

たぶんもう寝ていると思って、気を使ってくれたんだ。



『起こしたか?』



ほとんどコールなしで、出た瞬間にそう言ってくれる。

二週間もたっていないのに、低い、穏やかなその声は、懐かしくて、恋しくて。

自然と気持ちがはしゃぐのは、仕方ない。


帰ったところでした、と答えると、俺も、と返事がある。

向こうでも、忙しいんだ。



『ちょっと落ち着いたから。どうしてるかと思って』

「寂しがってましたよ」

『そうでもないだろ』



なんでわかったんだろう。

確かにここのところ、仕事で頭がいっぱいで、新庄さんのことは、あまり考えずに済んでいた。

けど、嘘じゃないのに。

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