オフィス・ラブ #3
その日は去年と同じ、見事な秋晴れで、新庄さんを思い出した。
土日を使った、野外フェス。
シーバーで呼び出されて、はい、と襟元のマイクに返答する。
『ブースが混む前に、大塚さんはお昼にしよう。その間、僕が代わるから』
去年の新庄さんと同じことを、堤さんが言った。
「何、笑ってるの」
控え室に戻ると、堤さんが媒体資料を読みながらお茶を飲んでいた。
私を見ると、入れ替わるために立ちあがって、上着に袖を通す。
「このイベント、去年、初めて新庄さんと組んだ仕事だったんです」
他に誰もいないからと思って、素直にそう言うと、堤さんは意外にも、冷やかしを感じない声で笑った。
「それで、惚れちゃったんだ」
そういえばそうだ。
自分から話題を出しておいて、思わず顔を赤らめる。
改めて考えると、自分がただの惚れっぽい女みたいに思えて、恥ずかしくなった。
段ボールから仕出しのお弁当をひとつ取り出して、自分のお茶を用意する。
堤さんは、私の代わりにスタッフの連絡系統も受けるため、シーバーをもうひとつ持ってチャンネルを合わせた。
テスト、と彼がマイクに吹きこむと、私のイヤホンからちゃんと聞こえる。
「OKです」
席につきながら、私もマイクを通して返答する。
それも問題なく聞こえたらしく、堤さんはうなずくと、シーバーをベルトに差してドアに向かった。
『火、水が代休だよね、よろしく伝えて』
シーバー越しにそう聞こえて、ぎょっとして振り向いた時には、バタンとドアが閉まって、もう出ていった後だった。
やられた。
どうか今のを聞いたスタッフが、気にしないでくれますように、と祈りながら割り箸を割る。
なんであんなに勘がいいんだろう。
壁に貼ってある鏡に、耳の赤い自分が映って、正視できずに席を移動した。