オフィス・ラブ #3
──オープンβを展開する目的は。
よく通る声が、そう続けた。
「システムの普及と同時に、市場に合った調整を進めることにあります」
社内の大きな会議ホールに、新庄さんの声がマイク越しに響く。
最初に断って上着を脱いだ彼は、ストライプのワイシャツにノータイといういつもの恰好で、スクリーンの脇に立っていた。
手元に資料を持ってはいるものの、ほとんどそれに目を落とすことはなく、スクリーンと聴衆に視線を行き来させながら、恐るべきわかりやすさでシステムの概要を説いていく。
私は6部の数名と、この説明会に参加していた。
「ああいうのって、普通もっと若手がやりませんか」
新庄さんのプロジェクトだな、とは思ったけれど、まさか本人が出てくるとは思わなくて、半端でなく驚いた。
隅のほうの席でつぶやくと、堤さんが資料をめくりながら、声を低める。
「アドテクでは、あいつが若手なんだよ」
「マーケは年齢層高いんでしたっけ…」
今年に入って本格始動した新庄さんたちの新部署は、マーケティングユニットの、ビジネスソリューショングループと、いかにもな名称がつき。
新庄さんの場合、さらにその下に、アドテクノロジーチーム、と続く。
長いな、と新しい名刺を見ながら、新庄さんがつぶやいていたことがあった。
「予想されるネックは、他店の取り扱い情報を、クライアントが公開したがらないであろうこと」
これは、と新庄さんが、さっとポインタで画面を囲みながら、会衆に目を向ける。
「アカウントの権限操作により機密を保持することで、機能上は回避できます。あとは営業力で、ぜひとも推進を」
そこで言葉を切って、100人近くいるであろう、会場の面々を一瞥した。
進行役を務めるアドテクのひとりが、ご質問は、と問いかける。
何人かが挙手し、その都度、新庄さんが丁寧に質問に答える。
難しいことを、簡単に説明できる人が、一番すごい。
彼を見ていると、それを痛感した。