オフィス・ラブ #3
前のマンションでは、宅配ボックスを使ってクリーニングのやりとりができたはずなんだけど。

こっちでは、自分で出さないといけないんだ。

お店の開いている時間に帰ってくることなんて、不可能だろうに。


引き取りのワイシャツを持ってきてくれた女性に、新庄さん、と呼ばれて妙な気分になった。


クリーニングの袋を持って、ぶらぶらと散策しながらスーパーを探し歩く。



(ハンカチって、クリーニングしてくれるんだ…)



以前借りた時、綺麗にアイロンがかかっていたので、どうしてるんだろうと思ったら。

お金で解決できる手間は、極限まで省いている生活に、もはや感心してしまう。


駅の反対側は行くなよ、と言われていたので、あえてのぞいてみると、ホテル街だった。

なるほど。

へたに歓楽街だったりするより、騒がしくなくていいかもしれない。



適当にお昼を食べて、喫茶店を見つけて、本を読みながらくつろいで。

ひとりで過ごすのが得意な私が、調理道具と食材を買って帰る頃には、夕方になっていた。



早く帰れそうだと言うので、今日は夕食を作ることにしていた。

早くといったって、10時とかだけれど。

簡易的なキッチンだし、料理も簡単でいいだろうと思い、下ごしらえだけしておこうと食材を並べる。



朝、新庄さんは、じゃあなと言って出ていった。

ひとり暮らしが長いから「行ってきます」と言う習慣が消えてしまったんだろう。


いつか、そう言って出ていってくれるようになるだろうか。

ただいまと言って帰ってきてくれる日が、来るだろうか。



こちらのチェーン店に詳しくないので、スーパーは最初、見てもそれとわからなかった。

道行く人々の言葉は、普段ほとんど触れることのない響きで。


この地に、思うより長く、新庄さんが暮らすことになるかもしれない。

三ツ谷くんの言葉を思い出しながら、野菜を洗う。


そうなったら。

私は、どうすればいいんだろう。

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