オフィス・ラブ #3
特に急ぐ必要もないと思って、のんびりと作業を進めていたら、いつの間にかいい時間になっていた。

ダイニングに置いておいた携帯が震えて、メールを知らせる。

会社を出たという新庄さんからの連絡だった。


了解しました、と返信してから、することもないので、着く頃を見計らって駅まで迎えに行こうと思い立った。







人の波が、ぱらぱらと地下鉄の出口から吐き出されてくる。

どこかに寄ったりしていなければ、これか、この次あたりで帰ってくるはずだ。

少し離れたコンビニの前で、明りを頼りに本を読みながら待っていた私は、出口に目を戻す。


予想が的中して、見慣れたシルエットが、階段を上ってきた。

近付いて声をかけようと思ったけれど、ひとりじゃないことに気づいて、控える。


恰幅のいい、少し年配の男性。

上司だろうか。


陽気な大声で話すその人は、新庄さんの背中を遠慮なしに叩いて、楽しそうだ。

新庄さんも、若干勢いに押されつつ、愛想よく対応している。


よく響く男性の声だけ、聞こえた。

東京から来たいい男に、女の子たちが盛りあがってる、とかなんとか。


えっ、職場に女の子がいるの、とくだらないところに引っかかったけれど。

そりゃいるだろう、と自分を押さえた。


こちらに近づいてくるふたりの声が、だんだん鮮明になってくる。



「ひとりでこっち来たの? 独身だっけ」

「ええ」



そうかあ、と愉快そうに笑うその声は、イントネーションから察するに、東京の人だろう。

この駅には借りあげの寮や社宅が集まっていると言っていたから、そこの人なのかもしれない。



「早く奥さんもらうといいよ。もう、いい歳でしょ」



いい歳、と言われた新庄さんは苦笑して。

けれど、はっきりと答えた。



「僕は、もう当分、考えてませんね」


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