オフィス・ラブ #3
私をゆっくり寝かせるために、隣の部屋に行く、と言う新庄さんを、子供のようにかぶりを振って引きとめて。

困ったように笑って、それでも一緒に寝てくれた新庄さんに。

これはこれで気を使わせたことに気がついて、どうしたらいいかわからなくなった。


私が、わずかでも身じろぎすると。

痛みがあるのかと思うらしく、新庄さんが抱きしめて、髪をなでてくれる。


それが申し訳なくて、嬉しくて、嬉しがる自分が嫌になって、涙が出てくるのを隠そうとすると。

さらに心配される。


新庄さんの規則正しい寝息を感じるまで。

私は、息をひそめて、身を凍らせていなければならなかった。







トンネルが増えてきた。

なんとなく、見知った土地に近づいた空気を感じる。

読むでもなく、漫然と開いていた本にしおりを挟んで、窓辺に置いておいたペットボトルを取る。

買った時は冷たすぎた水が、今ではちょうどよく胃に収まった。



いっそ、痛みなんて我慢して、抱いてもらえばよかっただろうか。

そうしたら、何かを忘れられて、この気持ちは、少し晴れただろうか。


けど、そうなったら、新庄さんは、勝手な人ではないので。

私が何か考えているのを、必ず感じとってしまう。


だから、やっぱり、そうなるわけにはいかなかったのだ。





アクセスのよい新庄さんの家には、あっという間に着く。

だけど部屋に上がっても、新庄さんの気配はもう薄れて、建物そのものの匂いに、かすんでしまっている。


広いリビングにぽつんと立って、私は。

どこにも居場所がなくなってしまったような感覚に、襲われた。



(ここで、料理するとか…)



そんな馬鹿な真似をしなくて、よかった。

たいして長くもないつきあいの中でも、感じる。

新庄さんは、見当違いの期待を、重荷というより、束縛と受けとって、嫌うふしがある。


私は、まさにそれをしようとしてたのかもしれない。

そう思うと、恐ろしさに息が詰まる。

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