オフィス・ラブ #3
今まで、あまり詮索しないようにしてきたけれど。

新庄さんには、一度、そういうことを考えた相手がいる。


この部屋で、一緒に暮らしてた人。


私と秀二の、今思えばままごとのような、漠然とした結婚の想像ではなく。

たぶん、きちんと、約束を交わした相手。



終わった理由は知らないけれど。

新庄さんが、もう当分考えたくないと思うくらいには、苦い記憶なんだろう。



そういうことを、何も考えず、ただ好きだというだけで、気持ちを押しつけていた自分が恥ずかしくなる。

革のソファに、涙が落ちる。


いよいよ、この部屋にも自分の居場所がなくなった気がしてきて。

自分にそんなことを思う権利があるのか考えると、また気分が落ちこんだ。





自分の部屋に帰りついたのは、もう夕方だった。

新庄さんに、無事到着のメールを入れる。


今朝、私のほうが早く目を覚まして身支度を整えていたところに、彼が起きてきて。

その顔から、ほとんど眠れなかったことを見てとった。


それでも、まず私に、大丈夫か、と心配そうに確認をしてくる。

嫌になるほどの幸福と、罪悪感。



メールで、体調はもう大丈夫と念を押す。

ピアスのことを言おうと思ったけれど、どう伝えたらいいかわからなくて、やめた。

新庄さんの家から駅までの間も、探しながら歩いたけれど、やっぱりなかった。

向こうの部屋で見つかったら、連絡をくれるだろう。


いっそ、知られなければいい。

若干働いた、卑怯な心理に、自分で自分にがっかりした。



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