オフィス・ラブ #3
「いいよ、承認する」
「ありがとうございます」
外出するのだろう、椅子の背から上着をとりながら、堤さんが言う。
この忙しい時に、彼をわずらわせたことに、気が滅入った。
遅れての入金は不可能だし、そもそも私のミスなので。
この案件は、私の予算内で帳尻を合わせるから、サービスにさせてほしいと堤さんに許可を求めたのだ。
つまり、うちが全額負担して、広告主からはお金をとらないということ。
予算との差額が、マイナス分として残ってしまうけれど。
あえて額の大小の話をするならば、このくらいの誤差はカバーできるよう、私は自分の予算内にマージンを持っている。
問題は、そこじゃない。
「こういう時だから、僕と課長からもケアしておくけど。二度とないようにね」
「はい」
堤さんの声は、厳しくない。
いつものように、微笑んで、そう言ってくれる。
けれど、こういう時、という言葉が、突き刺さった。
この、私たち代理店が、岐路に立っている時に。
クライアントが、自分たちにとって最も利益をもたらす代理店はどれかと、目を皿のようにして監視している時に。
代理店を評価する要素は、価格や企画だけではない。
営業員自体も、大事な選定のポイントだ。
どんなにいい企画でも、どんなに得な値段でも、営業が頼りにならなければ、実施しても無駄。
広告主だって馬鹿じゃない、そのくらいわかっている。
そんな時に、こんなつまらないミス。
結局サービスにできることになったので、向こうにデメリットはないけれど。
うっかりミスをする営業員は、信頼を得ることはできない。
全員が一丸となって、契約の増加に立ち向かっている時に。
私はいわば、足を引っぱった。
再度、申し訳ありませんと頭を下げて、堤さんのデスクを離れる。
ため息が漏れそうになったけれど、自分にそんな資格はないと、飲みこんだ。