オフィス・ラブ #3
「例のシステム、触らせてもらいました。すごい、画期的ですね」
クライアントを訪れた帰りに、受付の待合スペースで、他店の営業さんが隣に座ってきた。
ライバルとはいえ、時には一緒に案件に当たり、そもそもひとつの広告主に協力する同志であるから。
仕事を離れたつきあいこそないけれど、他店さんは、いい競争相手であり、仲間である。
「あれ、新庄さんの移った先で作ってるって、本当ですか? 今は出向中なんでしたっけ」
「そうです、マーケ時代に担当でした。システムの前身は、それ以前からありましたけど」
面白そうだなあ、とうらやむように言う、私より少し年上の営業さんの声に、嫌味はない。
彼は、周囲に誰もいないことをちらっと確認すると、低めた声で言った。
「最近、ちょっと大変ですね、お互い」
彼の会社では、新聞の指名契約を持っていた。
それがフリーになるのは、うちからTVがなくなると同様、相当に厳しいだろう。
けれど、どこまで話したものかわからず、本当ですね、と無難に答えると、彼が声をひそめて続けた。
「御社のシェア、不当に削られようとしていませんか? 正直僕らも、ありがたい反面、戸惑ってます」
やっぱり、気がついているんだ。
そりゃ、気がつくだろう。
お互い、ここに日参して、売りこんで、仕事をもらっている間柄だ。
そこまで知っているのなら、もう知らないふりをしても始まらず、ついため息をついた。
「新しい本部長さんの、意向なんでしょうね」
「そうみたいだけど、植木宣伝部長も、あれじゃ板挟みで、困っちゃいますよね」
彼の会社は、実質仕事が増えるとはいえ、さすがに妙な空気の中で、やりづらいんだろう。
きっちりと締めたネクタイを、窮屈そうに少しゆるめて息をつく。
「システムの話ですが、うちの会社でも、似たようなものを開発しかけていたんですよ」
「えっ、そうなんですか」
「御社に先越されたので、ポシャりましたけど。まあ見てみたら、うちのは足元にも及びませんね」
新庄さんに、文句言っといてくださいよ。
明るくそう言う彼に、会えれば、と約束して、クライアントの会社を後にした。