オフィス・ラブ #3
なんと、と彼が目を見開く。



「車は、持っていかれたんですよね」

「いえ、持っていけない事情があって」



それは、さぞ泣く泣くでしたでしょう、と眉を寄せるセールスは、さすが新庄さんのことをわかっているようだ。



「新庄さんが見えたら、お話ししようと思ってたんですけど」

「はい?」



ちょっとお待ちくださいね、と言って奥へ消えた彼を待ちながら、もらったカタログを開く。

新庄さんがほしがっていた新型の、スポーティなアクセサリをまとった限定車だ。

ふうん、いいかも。

でもちょっと、新庄さんが乗るには品がないかな、と考えていると、セールスマンが戻ってきた。



「まだ発表前で、内密なんですけど」



ま、新庄さんなんで。

そう言って、セールス用の機密資料を見せてくれる。



「年末に出るんです、たぶん、大塚さんもお好きじゃないかな」



なんで私の好みまで知ってるんだろう…。

できる営業は、こうじゃなくちゃなあ、と尊敬の念を抱きながら、資料を受けとる。


このメーカーの、モータースポーツ部門が販売している、いわばカリカリのスポーツチューンのモデルだった。

あくまでベースは、新庄さんの買おうとしていた新型だけれど。

まったく雰囲気の違う、ストイックな闘争心ただよう車になっている。



「好きです…」

「でしょう」



正直に言うと、セールスマンがおかしそうに笑った。



「コピーをお渡ししますので、どうかここだけのお話に」



茶目っ気たっぷりに、おがむように片手を顔の前に持ってくる。

そんなふりして、お得意様には、みんなに同じこと言ってるくせに。

わかっていても、気分は悪くない。


うまいなあ。

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