オフィス・ラブ #3

「久しぶりに走らせる時は、点検させていただきますので、ご入庫くださいとお伝えくださいね」



親切なようでちゃっかりとそう売りこむセールスマンと別れて、新庄さんのマンションへ戻る。

カタログをもらいに行ったつもりが、営業のお手本まで手に入れてしまった。


ニーズの熟知と、過不足のないサービス。

少しのよいしょと、偽りのない愛。

仕事への自負。


私も、ぐずぐずと滅入ってないで、もっと頑張らなくては。



機密と言われていたので、一応マンションに入ってから、もらったコピーを開いた。

エレベーターを待つ間に、じっくり読みはじめる。


セールスの資料なので、写真などはカタログほど魅力的でないけれど。

やっぱり、いい。



(年末って言ってたっけ)



さすがに、大阪にいるうちに買い替えることは、ないだろう。

そう思うと、もっと早く買い替えに賛成してあげればよかったと、後悔が襲わないでもなかった。


でも、なんだかんだ、今の車にも新庄さんはかなり愛着があるみたいだから。

どのみち、替えるのはかなり先になるんじゃないだろうか。

部屋に上がる前に、車の顔を見ておこうと、駐車場への連絡階のボタンを押した。



エレベーターを降りて、マンションに隣接している立体駐車場へ向かう。

完全に密閉されていないこの駐車場は、屋根つきとはいえ、置いておくだけで、そこそこ車が汚れる。

ここで水が使えれば、洗ってあげるのにと前回も思った。


本当は、月一度くらい、エンジンを入れて空吹かしできれば、車にとってはベストなんだけど。

私は、こうして、外から様子を見るのが精一杯で。

役立たずだなあ、と少し悲しくなった。


スポーティな、黒いメッシュのグリルを目指して、駐車場を歩く。

スペースの近くまで来た時。

自分の見ているものが、信じられなかった。


車が、ない。

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