オフィス・ラブ #3
あ、と女性が声を上げて、ゴツゴツと携帯がどこかに当たるような音がした。



『大塚?』

「…新庄さん」



今の、誰ですか。

そこ、どこですか。

どういうことですか。


訊きたいことは山ほどあるけれど、声にならない。



「あの、ピアスって…」

『ああ、お前、落としてったろ。今度、渡すよ』

「…どこにありました?」



少し間があいて、さあ、と声がする。



『俺が見つけたんじゃ、ないから』



思わず、ひざの上のクッションを、握りしめた。

さっきの方は、と、なんとか口にすると、ああ、とあきれたような声が返ってくる。



『同期なんだ、悪かったな』

「いえ…」



ちょうどよかった、と新庄さんが何か言いかけた気がしたけれど。

電波の悪さに乗じて、私は、またかけます、とだけ言い、逃げるように通話を終えた。


手の中の携帯が、熱を持っている。

別に、あの女の人とどうこうとか、そんな短絡的なことは考えないけれど。


離れてるって、こういうことかと思った。

新庄さんの周囲が、見えない。

教えてくれなければ、知るすべがない。


携帯を眺めていて、はっと気がついた。

律儀な彼のことだから、たぶん、すぐにかけなおしてくる。



聞きたいけど、聞きたくないことが、多すぎて。

頭で考えるより先に、私の手は。



電源を切っていた。



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