オフィス・ラブ #3
南向きのバルコニーに出る、重たい二重サッシを薄く開ける。
流れこんでくる外気の冷たさは、明らかにもう、秋のそれじゃなかった。
この部屋に、新庄さんの匂いはほとんど残っていない。
無人でも、不思議と住居というものは汚れるらしく。
二週間に一度は来て、空気を入れ替えて、掃除をしているおかげで。
いつの間にか、彼の気配がすっかりどこかへ行ってしまった。
キッチンの、浄水器のレバーをひねって、水を出す。
しばらく流しっぱなしにして、澱みを出しきってから、シンクの水滴を隅々までふきとる。
こうしておかないと、水の跡が残ってしまうからだ。
各部屋の床をさっと拭いて、ほこりっぽさが消えた頃に、サッシを閉める。
かなり短くなった日は、もう遠くの山に隠れて。
紫色の薄明りを、あたりに投げかけているだけだった。
バッグを置いている寝室に行く。
なんだかくたびれて、帰る気力もわかなくて。
立っているのすら億劫で、むき出しのベッドに腰を下ろした。
新庄さんは。
平気なんだろうか。
私に会えなくても、声を聞けなくても。
よく考えたら、新庄さんのほうが、楽なんじゃないだろうか。
だって、新しい環境で、新しい仕事で。
やることがいっぱいで、こっちのことを思い出させるようなものも、周りになくて。
この喪失感は、きっと。
共有できてないんじゃないだろうか。
そう思うと、たまらなくむなしい。
なんだか、いろいろなものが、私からこぼれてく。
私のいる場所は、変わらないのに。
見てる景色は、変わらないのに。
気がつくと、持っていたはずのものが、手の中に、ない。