浮気者上司!?に溺愛されてます
立ち止まった恭介が、私を振り返っているのが感じられる。


「ご、ごめん。でも、なんかあったらもっと怖い。……だから、止めて」


わかった、と、小さな溜め息が聞こえた。
そして、部屋に戻って来た恭介の爪先が私の視界に映り込む。


「大丈夫か?」


そんな優しい声が耳をくすぐって、ジワッと涙がこみ上げてしまう。


せっかく、『もういい』って言えると思ったのに。
強がるどころか、私は今、恭介の前で身体が震えるのを抑えることも出来ない。


それでも必死に頷いて見せる私に、恭介がフッと息をついた。
そして、俯く私の横の髪をどけてくれながら、そっと顔を覗き込んでくる。


「……今夜は、ずっと一緒にいる」


静かに告げられたその言葉が胸に届いて、私は一瞬息をのんで大きく目を見開いた。
そのまま呆然と顔を上げると、恭介は穏やかな笑みを私に向けてくれていた。


「だから、泣くな」


――どうして。
どうしてそんなに優しくするの。
一番大事な人じゃない私に、どうして。


拒まなきゃいけない。
さっきまで心に刻んでいた決心を、ちゃんと恭介にぶつけなきゃいけない。
なのに……。


「……大丈夫。こんな時に、何かしようなんて、思わないから」


そう言って軽く微笑む恭介を見つめながら、そんな心配全くしていなかった自分に気づく。
ただ、私を安心させる為に『ここにいる』と言ってくれた恭介の言葉を信じ切っていたことに、ほんの少し困惑していた。

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