浮気者上司!?に溺愛されてます
勇気を振り絞るように恭介に身体の正面を向ける。
そして……。


腕組みを解いて軽く階数ボタンにのせられている恭介の左手。
そこに違和感を感じて、一瞬意識が逸れた。


「……ん?」


思わず目を見開く私に、恭介が軽く首を傾げた。
そして、そのタイミングでエレベーターがフロアに到着した。
相変わらず呑気な電子音の後、ドアが開く。


目の前に広がるのはいつもの見慣れたオフィスフロア。
そして、腕時計はギリギリ始業時刻に振れようとするところだった。


「うわ、マズい。ほら、奏美も急げ」


軽く私を振り返りながら、先に外に踏み出していく恭介の後に私も慌てて続く。
それでも心を過った違和感は拭い切れず。
オフィスに入るドアセキュリティに恭介がIDカードを翳した時、


「……あっ!」


やっと答えに行き着いた。


突然声を上げた私に恭介は軽く振り返って、そして何故だか苦笑いしながら先にデスクに向かって行ってしまう。
既にデスクで仕事を始めている同僚たちと挨拶を交わして突き進む背中を眺めながら、私はただ、ドキドキと心臓がゆっくりと騒ぎ出す音を意識していた。


だって、そこには、いつもある物がなかったから。


恭介の左手の薬指で、いつも強烈な存在感を放っていた結婚指輪が、今、その指に嵌められていなかったのだ。
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