浮気者上司!?に溺愛されてます
オフィス街を行き交うスーツの群れが、立ち止まって泣く私とそれにワタワタする桜庭課長をチラ見しながら通り過ぎていく。
隣の課長からは居心地悪そうな空気を感じるけど、そんなの気遣ってやる余裕なんかない。


だって……。
しらばっくれないでよ。何、って、課長のせいに決まってるじゃない!


心の中ではそんな抗議も出来るけれど、現実問題、それを課長にぶつけたら私のプライドが傷つく。


二十七歳の女が、キスされて動揺して泣き出した、なんて。
そんな恥ずかしいこと、同じ職場の上司に知られたら……私は絶対週明けから出社拒否に陥る。


とは言え、私はいっぱいいっぱいで取り繕う余裕もなかったし、一度零れてしまった涙は誤魔化せない。
それでも、課長の軽率な行動だけにでも抗議はしておきたい。


「あ、ああいうからかい方、誰にでも通用すると思わないでください」


涙でつっかかりながら、なんとか必死にそう声を上げた。
え?と聞き返されて、私は思い切って桜庭課長を振り仰いだ。


「よ、酔った勢いで……とか。私そんなの絶対無理です! あんなこと……笑って許せることじゃないんです!!」


勢いに任せてそう叫んだ瞬間、更に通りすがりの視線を感じた。
それに気づいた桜庭課長は、「ちょっと」と小さな溜め息をつきながら私の腕をグッと掴んで、そのまま路地裏の方に足を踏み出す。


「なっ……! 離してください!!」

「ああ、ちょっと暴れるな。どうやら人前で大声で話せる話題じゃなさそうだし」


私の腕を引いて一歩先を歩く桜庭課長を見上げながら、私はようやく辺りを気にする余裕が持てた。
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