浮気者上司!?に溺愛されてます
ドアを開けてフロアに入る前に、私は気合いを入れて右手をギュッと握りしめた。
そして、元気にドアを開けようとした時……。


「おはよう、水野」

「ひゃっ……」


私より一瞬早く、後ろからドアのレバーに伸ばされた手。
私は心ならずもその手をギュッと握ってしまっていた。


途端に、背後からクスッと笑う声。
ハッとして振り仰ぐと、朝のせいか少し気だるげな表情の桜庭課長が私を見下していた。
思いっきり目が合って、慌てて顔を背ける前に、桜庭課長がシレッと呟く。


「……慣れてないくせに、結構大胆だな」

「へっ……?」

「いいね。朝から可愛い彼女に、手、ギュッてされるの」


そう言われて、私は慌ててドアに伸ばした自分の手を見つめた。
そして、次の瞬間、勢いよく振り上げるように手を離した。


「あれ。いいよ、もっと握っててくれて」

「ふざけないでください! こんなの、ただの偶然でしょっ」

「偶然も三度続けば運命って言うしね」


三度も課長の手を握った記憶はどこにもないけど。
免疫ない私が普通の感覚でこの言葉を聞いたらそりゃ浮かれるし、金曜の夜、高津に向けた嫌味でしかなかった言葉を、素直に受け入れてしまいそうだ。


それでも私はそこで両足を踏ん張って踏み止まる。


軽々しくよく言うよ。
運命なはずないじゃない。
その証拠に、心ならずも握ってしまった桜庭課長の左手の薬指には、今日も神々しく光る指輪。
人の物の証がはめられている。
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