浮気者上司!?に溺愛されてます
「あ、あの、課長」


私が手を離した後、ゆっくりドアを開ける桜庭課長に、私は思い切って呼びかけた。


「……やっぱり硬いな、その呼び方」

「課長、お話があるんです。都合のいい時に……」

「ランチ、一緒に行こうか」

「は?」


何がどうなってそんな流れになったのか。
ただ目を見開く私に、桜庭課長は首を傾げながら流暢な誘いをかます。


「お話、だろ?」

「ああ、それで……。って、違います! 別にそこまで時間を割いてほしいわけじゃっ……!」

「気にするな。いいよ、ランチくらい。どこ行きたいか、考えておいて」

「あ、あのっ……!」


違~う!!とその背に声を上げて呼び止めようとした時には、桜庭課長はもう大股で自分のデスクに向かっていた。
先に出社していた部下にいつもと変わらない挨拶をして、さっさと席についてしまう。


そんな姿をただ茫然と眺めて、むしろ惚れ惚れしてしまう自分に気づくと、慌てて叱咤した。


何、見惚れちゃってるの!


簡単にランチに誘われるんじゃなくて、私は凛とした態度で桜庭課長に言い渡さなきゃいけないんじゃなかった?
なのに、いいように言いくるめられてるんじゃ、桜庭課長の思うつぼ!


そう思うのに、この微妙な二人きりの時間でも言いたいことを言えなかった私が、仕事の合間、人目を憚って桜庭課長に声を掛けるなんて出来っこない。


そういうことがスマートに出来る私だったら、何も二十七年間も他人のキューピッドで終わってなかったはずなんだから。
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