浮気者上司!?に溺愛されてます
そう言いながら手招きされて、私は小さく息を吐いてからゆっくり恭介に近づいた。
どこに立っていいかわからず、一メートルくらい間隔を空けたところで立ち止まる。
それでも恭介は、今度は人差し指を曲げながら、もっと、と短い言葉で指示を繰り返す。


一度躊躇してから、思い切ってもう一歩踏み出した。
その途端、恭介に強く腕を引かれた。


「きゃっ……」

「ば~か。こうなるってわかってたろ? なのに下手に焦らして命令なんかさせるからいけないんだよ」


そんな意地悪なことを言いながら、恭介は鮮やかすぎるくらいスマートに私の腰を引き寄せると、必死に背を逸らして身体を逃がそうとする私をわずかに見上げた。


「さ、桜庭課長、何言ってるんですか。別に私、そんなつもりじゃ……」


焦らした、なんて酷い言いがかりだ、と抗議する私の声は、自分でも驚くくらい弱々しかった。


「無自覚? そういうの、タチが悪いって言うんだよ。ほんと今、俺、『だるまさん転んだ』の鬼になった気分だった」

「な、なんですか、それ」

「ほら、あれ、鬼の様子を窺いながらジリジリ近寄ってくるだろ? こっちは振り向くタイミングを計る。なんとも微妙な駆け引きだよなあ」

「そ、そんなっ……」


そう声を上げながら、恭介の腕に力がこもるのを感じる。
更にグッと引き寄せられて、これ以上近づかないようにするには、恭介の両肩に手を置いて突っ張らないといけないほどだ。
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