月はもう沈んでいる。
「朔! さーくーっ! 遠慮しねであがらい!」
小学2年生の春、転校生として閉鎖的な村にやってきた俺は同級生と馴染めずにいた。住民全員が知人かというほど小さな村で、母さんの出戻りを囁かれる毎日に肩身の狭さを感じてはいたけれど。
同級生が女子ただひとりであったことに、ぐわんと心が揺れていた。
小学校が木造平屋で持て余していることにも驚いたのに、それなりの都会で150人以上の同級生がいた俺には易々と受け入れられることじゃなかった。
360度見渡しても山しかない、でこぼこに舗装された帰り道で投げかけられる、自分とは少し違う言葉。
「なあ、朔。それってランドセルっつうもんだべ?」
以前住んでいた街では華やかな色を背負っていたはずの女子が、手ぶらで俺を追いかけてくる経験のない日々。
陽はいつもTシャツに半パンで髪も短かったけど、男子じゃないってことは初めて目を合わせたときから分かっていた。
引っ越し先で初めてできた友達が女子なんて、かっこ悪い。唯一の同級生が女子なんて、はずかしい。
そんな気持ちが何より濃くて、話しかけられるたびに避けていたことを今でもよく覚えている。
「無視すんなでば!」
大人には立派だと。子供には余所者だと。含みのある言われ方をする要因だった黒いランドセルに伸し掛かられたとき、俺の世界は反転した。
「そのままじゃ友達なくなっとわ!」
真っ青な空と吹雪く桜を背景に、すっ転んだ転校生を見下ろす彼女は知らぬ間に俺の友達になっていて、予想外の心配をしていた。
がさつで気ままで、学年関係なく男子と取っ組み合うし、素手で毛虫を差し出してくるような奴だったけど。
見知らぬ土地に連れてこられ、わけもわからず後ろ指を指されていた8歳の俺が、心細くないわけがなかった。
細く硬く、ぎゅっと締めていた胸の内にあったものが解かれ、ふわりと放たれていったあの感覚。
無遠慮に駆け寄ってくる陽はいつだって、風を連れてくる。
それは今も変わらず。
転校先で出来たひとり目の友達は、10年経っていちばんの友達になった。