麗雪神話~理の鍵人~
「…別に僕のためじゃない」

ぽつりと、ヴェインが答えた。

「え?」

「すべては我が主のために」

意外な言葉だった。

ヴェインは誰かに仕えて、その人の言うことをきいているだけだということなのだろうか。

セレイアの表情によぎったその考えを、ヴェインはあっさりと見ぬいて言った。

「ちょっと、お人好しな基準を僕にまであてはめないでくれない?
僕はもちろん、楽しくて楽しくて、奴もお前も殺そうとしてる。僕の意思でね」

「…ねえ、その主って誰?」

一応訊ねてみたが、無駄だった。

ヴェインはそれ以降何もしゃべろうとしなかった。

答える気はない、ということなのだろう。

それでも、ヴェインのことが少しわかった気がして、セレイアは嬉しかった。

(誰かに忠実に仕える心を失ってないなら……
わかりあえる日も来るんじゃないかしら)

なんてもし声に出して言えば、またお人好しだなんだと言われてしまうだろうけれど。

それでもセレイアは誰かを完全な悪者にして憎んだりしたくなかった。

どんな悪事にも事情があり、きっとわかりあえると信じたかった。
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