麗雪神話~理の鍵人~
ボリスの脳裏に、師グレフとの思い出がよみがえる。

まだ師グレフに引き取られて間もない頃、乗っていた乗り合い馬車が、盗賊に襲われたことがあった。

師グレフにお使いを頼まれ、一人で出かけた日だった。

助けてくれる人はいない。

ボリスは怖くて、とにかく怖くて、逃げることしか考えなかった。

数時間前にできた友達の少年が、馬車で寝ていることは知っていたが、彼を置き去りにして、ボリスは一人逃げてしまったのだ。

結果、ボリスの命は助かったが、少年は殺された。

ボリスは罪の意識にさいなまれた。

泣きじゃくるボリスの頭を、グレフは優しく撫でてくれた。

『誰かの犠牲を当然としない心は、とても大切だ。
誰かの犠牲を当然とすることは、自分の心を犠牲にすることなのだから。
自分の心だけは、犠牲にしてはいけない』

あの時、師グレフは何を言いたかったのだろう。

難しくて、ボリスにはよくわからなかった。

『悔しいか、悲しいか、ボリス。
そうやって人を想う温かい心が、何より人を導いてくれるのだよ』
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