麗雪神話~理の鍵人~
ボリスが声を低めているので、何やら内緒話のようだとあたりをつける。

セレイアはやや歩く速度を落として、ボリスに近寄った。

これで声を潜めれば、他の人に聞こえないだろう。

せっかくそうして機会をつくったのに、ボリスはしばらくの間逡巡していた。

そして十数秒後、やっとその質問を口にした。

「セレイアさん、あなたはその………怖くないのか?
神を、好きになることが」

ディセルのことを言っているのだと、すぐにわかった。

そんなことを問われても、セレイアは困ってしまう。

この気持ちに気付いたのだって、つい数時間前のようなものだ。自分が彼にどんな感情を持っているのか、いまだ計り知れていない。

それでも、確かに言えることがある気がした。

「怖くはないわ」

セレイアははっきりと、ボリスの目を見て答えた。

そう、怖くない。

自分の気持ちを、あらためて確認する。

ヴァルクスを喪い、壊れてしまった感情を、ディセルは再び自分に取り戻してくれた。

人を愛するという気持ち。

何より大切に想う気持ち。

それは自分にとって何物にもかえがたい宝だと思うのだ。

たとえ種族の違いで、これからたくさんの困難を乗り越えなければならないとしても――。

そのセレイアの答えが、ボリスの目にどう映ったのかはわからない。けれどボリスは何か希望を見出したような表情をして、「そうか」とだけ言った。
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