麗雪神話~理の鍵人~
ヴェインは少なからず驚いたようだった。

普段は見られないような、動揺した表情にそれが表れている。

しかし彼の動揺は一瞬だった。

セレイアの手に武器が握られているのを見て、ふっと諦めたように笑う。

「…君か。ふ、殺せ」

「…え?」

「ここでは僕の力も使えない。武器がないんだよ。さっさと殺せ。僕は君の敵だ」

そう言う声も、絶え絶えだった。

セレイアはしばし考え―――

長い、長いため息をついた。

「…殺さないわ」

決然と言い放つと、素っ頓狂な声がすぐそばからあがった。

「はぁ!? セレイア、どういうことだよ!
こいつは敵だぞ! 今が絶好のチャンスじゃないか!」

ポックの言うこともすごくよくわかるのだが、何かが納得できないのだ。

それはセレイアの持つ武士の誇り―武士道のようなものかも知れない。

怪我をして、丸腰の相手を、殺すことなどできない。

たとえ相手がいずれ殺し合うことになる宿敵でも。

心がそう告げている。
< 98 / 159 >

この作品をシェア

pagetop