一夜くんとのアヤマチ。
その手の主に私が気づくのが早かったか、私の体が回るのが早かったか。

腕を引っ張られた勢いでクルっと体が回ってしまい、そして気がつくと私は抱きしめられていた。

顔なんて見なくても分かる。

一夜くんだった。

「…勝手なことしないで下さいよ、先生」

一夜くんの指が、私の髪をすいて頭を撫でていく。

「大切な人、もう失いたくないですから。日向先生には、雪月の分まで生きてもらわないと」

あの時の一夜くんの一言を思い出す。

大切な人は、一人じゃなくて、二人。あれは雪月ちゃんと、私…。

私がしようとしていたことはどんなことなのかを知って、途端に恥ずかしくなった。

「…ゴメンね、一夜くんっ…!」

泣きたいのはきっと一夜くんの方だ。それは分かっていても、やはり涙腺を制御することはできなかった。

「日向先生」

一夜くんが私の名前を呼ぶ。私が顔を上げたその瞬間、何かが私の唇に触れた。

他でもない、一夜くんの唇がそこにあった。

「んっ…」

柔らかくて温かいその唇は、一夜くんが生きているということの証でもあった。

一人になったわけじゃないんだ。私の傍には、一夜くんがいる。そして…雪月ちゃんも、きっと見てくれている。

「こうでもしないと、日向先生は俺の傍にいてくれませんから。…これからきっと大変なこともあるかもしれませんけど、一緒にいて下さいよ?」
「…バカ」

顔を真っ赤にした私は、一夜くんの腕の中に顔をうずめた。
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