一夜くんとのアヤマチ。
「…どうしたの?」

なんて言うこともできなかった。私は本当に空っぽで、虚ろだった。

「ようやく…追いついた…」

一夜くんはそんな私の目の前に立ちはだかり、その姿をむりやり私の視界に飛び込ませようとしていた。上下する肩が、一夜くんの必死さを物語っていた。

「…いいんですか? このままだと、何の罪もない先生が罰を受けることになるんですよ?」

分かってる。それが間違ってるのは分かってるけど、そうなっちゃったんだよ。

「雪月だって…こんなの、望んでるわけがない…!」

望んだって、全て叶うわけじゃない。それとこれとは別の問題だから。

「日向先生!」

一夜くんの両手が、私の肩を激しく揺すった。一夜くんの目には、水の炎があった。

「何で先生はそうやってすぐに諦めるんですか!? それが大人なんですか!? だとしたら、俺はそんな大人になりたくない! 俺は先生に、笑顔でいて欲しいんです! 俺が日向先生を引っ張っても無理なら、先生自身が変わる他にないんですよ!」

じわじわと、聴覚が戻ってくるような感覚があった。

「そんなの…」

一夜くんの指の力が強くなる。

「そんなの…俺が好きになった日向じゃない!」

そして一夜くんは今までのどんな時よりも強く、私を抱きしめた。

「やっと…やっと俺が好きになった人なんだから…俺が好きだってずっと思っていられるように、日向は日向のままでいてくれ!」

何度も、名前で呼ばれた。それが、私に感情をもう一度吹き込んだ。
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