一夜くんとのアヤマチ。
予想通りだった。だからこそ、驚きを隠せなかった。

「…ゴメン。そうだよね…。今の、聞かなかったことにしてくれる…?」

このように言わなければならない時は、往々にして「聞かなかったこと」になんてできない。それでも頼んでしまう深層心理には、きっと信頼とか、そういうものが隠れているんだろう。

「なんて言うとでも思ってたのか?」

私の質問を完全に無視した言葉だった。

「…一夜くん…?」
「…そこまで俺は弱くない」

一夜くんの瞳には、静かな怒りが感じられた。そしてそれは、すぐに爆発することとなる。

「こんなに大事な話なんだ、ひるむ奴の方がどうかしてる。隠しごとがどうだとか、卑怯だとか何だとか、そんなの俺には関係ない。俺はただ、説得に応じてもらえるように話すだけだ」
「…」
「…でもな」

そして次の瞬間、私の着ている服の前襟は、一夜くんの右手に掴まれていた。

「日向がそんな調子じゃ…何もできないだろ!」

一夜くんの目を見ていると私が私じゃなくなるような気がして、視線を斜め右下にそらす。

「誰のためにやってるんだよ! 俺のためってのもちょっとはあるけど、一番は日向のためだろ!? 当の本人が弱気になってどうするんだよ!?」
「…」
「何とか言えよ!」

反省する気持もあったが、今はそれよりも突然の激昂に、なすすべがなかった。

「…もういい」

右手が、少し乱暴に振りほどかれた。

「…さよなら」

家から出て行く一夜くんを、私は追うことはおろか、眺めることさえもできなかった。
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