一夜くんとのアヤマチ。

「…えっ…？」

分からないことが同時に二個も三個もぶつけられ、困惑どころの話ですらなかった。

「えっと…どこから突っ込めばいいのか…」
「それと、もう一つ」

先輩の右手は、左手を隠すように握っていた。そしてその右手が左手から離れると、今まで意識していなかったから分からなかったのだが、先輩の左薬指には指輪がついていないのが見て取れた。

先輩は哀しそうな顔で、こう告げた。

「私…一夜の本当の母親じゃないの」
「…嘘…」
「そう思うかもしれないけど、本当の話よ。本当の母親は、鳩山摩耶(ハトヤマ・マヤ)。旧姓は鴫城。…私の妹よ」
「…先輩…妹さんがいらっしゃったんですか…？」
「うん。そして彼女が、僕達の本当の母親。もっとも、一夜が産まれてすぐに死んじゃったんだけどね。病気で」
「…そんな…」
「…摩耶は元から体が弱かったの。双生を産んでから徐々に病気がちになってきて、育児は当時まだ会社員だった理事長にまかせっきりだったの。でもある日、一夜ができたことを知って…」
「母さん、最初は産まない方がいいって思ってたんだって。もう一回産んじゃったりしたら今度こそ自分の体が危ないし、一夜もかわいそうだからって。だけど、命を奪うことはもっと辛かったんだろうね。結局産むことにして、そして間もなく、母さんは死んだ」
「それで一夜をどうするかって話になったんだけど、天保さんは双生で手一杯だったから、独身貴族を満喫してた私が育てることにしたわけ。…過去を知って傷つかないように、双生の存在も、天保さんの存在も知らせずに、私一人で、私の苗字を使ってね」

あと一秒でもここにいたら、胸が破裂してしまいそうだった。…そうなると通例私はその場を去る傾向にあるのだが、今回ばかりは胸を破裂させてまでも、ここに居続けなきゃいけない、そう思っていた。

だから、爪が食い込んで痛いほどに手を固く握り、私はその場に踏みとどまった。