さくらのこえ
「これより、春の宴を開きたいと思います。まずはこの宴を開いた春宮様よりお言葉を頂戴したいと存じます」
この呼び掛けによって、先程まで賑やかだった邸内はしんと静まる。
「今日は集まって頂いて本当に感謝する。私はまだまだ未熟者で、皆から学ぶことも多い。今宵はその感謝を表したい。皆存分に食べて、飲んで、春の訪れを祝おう」
春宮の言葉に再び邸内は賑やかさを取り戻す。春宮の言葉の後、乾杯が行われ、食に集中する者、酒を酌み交わす者、春宮へ挨拶する者様々だった。
「次官殿、お疲れ様」
「中将様。今日はご出席ありがとうございます」
「妻には文句を言われてきたけどな」
和春に声を掛けたのは藤の中将だった。酒瓶を持って和春の隣へ座る。和春の隣に座っていた者は早々に他のところへと移っていた。
「とりあえず飲めよ」
「中将様こそ」
お互いに酒を注ぎながら夜空を見上げる。
「北の方様も気が気でないんでしょうね。中将様は色男だから」
「俺がフラフラしてるって言いたいんだなお前は。残念だが、浮気はしてないぞ」
「意外ですね」
「よく言われるよ。まあ、父上にとっては俺よりも兄上達に期待をかけてるところはあるから相手に関してもあんまり文句はなかったかもな。俺、一応恋愛結婚だし」
「羨ましいです」
「そういやお前んとこの父上は何回も縁談を持ってきてはことごとく失敗しているらしいな。そんなに結婚が嫌か」
「嫌では無いのですが、見ず知らずの女性といきなり婚姻を結ばされてもこちらとしても難しいところがあるというか。それに……」
言いかけて和春は言葉を濁す。中将に言ったらどこまで暴かれるか分からないと悟ったのだ。交友関係も広い中将のことだ、恐らくあの手この手で情報を掴むに違いない。
「いえ、やはり何でもありません。とにかく今は結婚をする気は無いんです」
「ふーん……怪しいな」
「何ですか」
「さっき、何か言いかけてたな」
「何でもないですよ」
「本当か?お前にもついに相手が見つかったと踏んでいるんだが」
「まだそんなんじゃありません」
「まだあ~?じゃあ相手はいるんだな?」
しまった、と気づいた時には遅かった。中将は楽しそうに少し赤い顔をして和春を見ている。まるで弟をからかうように。
「そうかそうか、応援するぞ俺は。相手は誰なんだ」
「居たとしても言いませんよ絶対」
「お前を酔っ払わせて白状させてやろう」
「うわ、溢れますから!中将様!」
「さあ飲め!飲まないと溢れるぞ!」
宴の雰囲気に飲まれた中将はにこにこと上機嫌で酒を注ぐ。溢れんばかりに注がれた酒を飲まない訳にはいかなかった。酒がなくなると間髪入れずにまた注がれる。
「中将様!」
「いやあ楽しい楽しい。どんどん飲めよ!」
ここが自分の屋敷であるかのように振る舞う中将。和春は半ば呆れながらこの場を切り抜ける方法を思案していた。