さくらのこえ
「何だか楽しそうだね」
「春宮様!」
背後から声を掛けられ二人の動きが止まる。
「私も混ぜてはくれないか」
「もちろんですよ!こちらへお座りください」
機嫌の良い中将は春宮に席を譲り、床へ腰を下ろす。
「春宮様はいかがですか」
「ああ、じゃあ頂こう」
和春は中将の攻撃から逃れられたと安心し、春宮へと酒を注ぐ。もちろん中将へも。
「何の話をしていたんだ?」
「聞いてくださいよ!和春の意中の相手についてなんですよ」
止める暇もなく中将の口が開く。和春は心の中でため息をつきながら目の前の相手を睨む。
「それは興味があるな」
「大して面白くないですよ」
「いつ出会ったんだ~?」
「……一月程前ですよ」
拒むことはもうできないと観念して口を開く。こちらとしても知りたいことは山程あった。何せ、ほとんど情報が無いのだから。何処の生まれで、何故あそこにいたのか、本当の名は何て言うのだろうかと疑問は尽きない。
「何処の女なんだ?」
春宮も珍しいと思ったのか興味深い目で和春に質問する。
「それがよく分からなくて。聞いても教えてくれないのです」
「それはますます惹かれるものがある」
「そうだな。少しばかり妖しい女というのは気になるものかも知れない」
「私が話せるのはここまでです。そのうちまた報告しますよ」
「約束だからな。何か進展したら知らせろよ!」
滅多に口を割らない和春に話させたことで中将は満足したのか話の矛先を春宮に向ける。
「春宮様はそろそろ妹と仲良くなれましたか。兄の俺からしても多少は気が強いもので心配はしてるんですけど」
「まあ少しは……」
「どうやらあまり好みではないようですね」
「悪い人ではないことは分かる。私の為に尽くしてくれようとしているのも分かる。だがこればかりはどうもね……」
そう言い、春宮は酒を含む。つられるように二人も酒をあおった。
桜が咲き誇る時期ももうすぐ終わる。三人の心の内はそれぞれ同じ人物に向かっていた。
「……これは酔っ払いの戯言だと思って聞いてくれて構わない。私にも想う相手がいたのだ」
「春宮様に?」
あまり色恋の話などない春宮からそのような言葉が飛び出し二人は顔を見合わせる。どちらにも心当たりは無かった。
「もう随分と昔のことだ。恋愛なんてちっとも分からない年頃だった。それでも私は彼女を幸せにしたいと思ったんだ」
「相手は何処にいるか分かるんですか」
「もう分からない。数日前に知っているかも知れない者に聞いてみたが行方知れずだそうだ」
「それは……」
月が照らす春宮の横顔は憂いに満ちており、二人は声を出すことすら躊躇われた。