さくらのこえ


 中将の家へと向かった二人は道中少しばかりの会話を挟みながら邸に入る。

「酒と食べ物を持ってきてくれ」
「畏まりました」

 家の者に言いつけ、中将は景色の映える場所へと和春を案内する。
 すぐに酒が運ばれ二人は再び酒を交わす。

「それでお話は何ですか」
「探してほしい人がいるんだ」
「……まさか」
「違う違う。確かに女だが、妹だよ」
「妹?」
「ああ。ある日突然居なくなってしまってな。人さらいかと思いもしたが可能性は低い。だとすると自ら行方を消したと考えるのが妥当だ」
「何でまた……」

 その問いに中将は首を振った。こればかりは本人に聞かないと分からないことだった。

「妹は、少し問題があってな。きっと誰かに助けられても何も答えないと思うんだ」
「そうですか……その、差し支えなければ問題の部分を教えていただけますか」
「妹は幼い時に目の前で母を殺されたんだ」
「え……」
「それが相当恐ろしかったようで、それからずっと声が出ない」

 和春はそこで全ての糸が繋がったことに気づいた。だが、すぐに言ってしまうことは軽率だと思った。彼女の意思を確かめないまま告げてしまえばまた過去に縛り付けてしまうかもしれないと。

「声が、出ない」
「それ以外は周りと同じだ。それに、声が出ないこと以上に妹は優れたところが多い。俺と母を同じくするたった一人の妹なんだ。今度は絶対に守ってみせる」
「……お気持ちは分かりました。私も力を尽くしましょう」
「本当か!是非よろしく頼む」

 本題の話は終わったが二人は本当に飲み足りなかったのかしばらく夜が更けるまでたわいのない話をし続けた。

「お前みたいな男が夫なら何も心配いらないだろうなあ。俺だったら見逃さないよ」
「つまらない男ですよ、私は」
「またそんなに謙遜して、少しは大船に乗ったらどうだ」
「私が好いた女性と結婚できたなら大船にでも乗りますよ」
「はは、俺の妹も、お前のような実直な男に嫁がせてやりたいよ。声さえ出せれば本当は春宮様の元へ輿入れするはずだったんだ」
「え」

 突然明かされた過去の事実に和春は酔いが覚める気がした。

「母上の身分も低くはなかったしな。紅子より相応しいと思ってたくらいだよ」
「そう、でしたか。それは惜しいことでしたね」
「今となっては後の祭りだがな。もし本当にお前がもらってくれると言うなら喜んで嫁がせるよ」
「………その言葉、忘れないでくださいね」
「男に二言はないぞ」

 酔いの言葉とは言え、和春はその約束とも言い難い言葉をしっかりと忘れぬようにと胸に刻んだ。

「今夜はもう遅い。泊まっていくといい」
「ではそうさせてもらいます」

 夜も大分深まり和春は春姫を心配しつつも泊まっていくことにしたのだった。



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