さくらのこえ
春姫と別れたその晩に和春は中将を邸に呼んだ。何で呼び出されたのか分からないまま中将は目の前に座る和春を見つめた。
「実は、私にもようやく生涯を共にしたいと思う相手が出来たのです」
「それは本当か。ようやくお前も身を落ち着ける気になったのだな」
和春の恋愛相談だと知ると、中将の表情は和らぎ、弟に伴侶が出来たような気持ちになっていた。
「彼女は私が遠乗りをした際に見つけたのですが、何を問うても答えず、素性も分からないので戸惑っておりました」
「物の怪にでも化かされたみたいだな」
「初めは多少疑ってはおりましたが、見たところは身分も低くはないようで、何より……私の心は既に彼女に奪われていたんですよ」
あの和春からこんな話が出るなんて、と中将は興味深げに話に耳を傾ける。そうして次に聞こえてきた言葉に中将の目は見開かれた。
「そんな折りに中将様から行方知れずの妹君の話をお聞きしたのです」
「……まさか」
中将の問いに和春は静かに頷いた。瞬間、中将の瞳にうっすらと涙が溜まっていった。どんなに手がかりを求めても何も見つからなかった妹を、目の前の和春が見つけ出してくれたのだ。
「妹君の声が出ないことを聞いてもしかしてと思いました。それから彼女に聞いてみたのです。その話は中将様に聞いたものと同じでした。……彼女は貴方に会いたいとおっしゃっていましたよ」
「藤子……っ」
堪えきれず中将は妹の名を呼ぶ。いなくなってしまうことが分かっていたのなら、あの邸から連れ出すべきだったと何度後悔したか分からない。それでも彼女が自分に会いたいと思ってくれていることを知り、中将の胸は喜びでいっぱいだった。
「妹は、今どこに?」
「あまり騒がれるのも良くないと思いまして、別荘へ連れて行きました。中将様さえよろしければすぐにでも案内しますよ」
「……ありがとう。本当に、ありがとう。しかし、今のこんな姿は見苦しくて見せられないな。それに会えたら渡そうとあれこれ蓄えてしまったものが邸に置いてある。今すぐにでも会いに行きたいところだが、日を改めることにするよ」
そうして一旦和春の邸を退出し、後日会いに行く日を和春に伝えた。このことは手紙で春姫にも伝えられ、春姫自身も会える日を待ちわびていた。