さくらのこえ
その答えを確信に変えるべく、紅子はある質問をする。
「その、弟分と申される方はどんな方なのですか」
「ん?会ったことはなかったか。春宮坊に仕える次官なのだが……」
「そのお名前は存じ上げておりますわ。春宮様もお気に入りのようで」
「そうだな。何かあればすぐ呼びつけているらしい」
春宮坊の次官であれば何か情報が得られるかもしれない。紅子は満足したように笑みを浮かべ、仕事が残っていると言い退出する中将を見送った。
そして腹心の女房に彼について調べてもらうよう頼み、紅子は美しい所作で一つ、菓子をつまんだ。
✻✻✻
「っ……ぉ、ぃ……ぃ」
「藤子様、その調子ですよ。今、私の名前を呼んでくださいましたね!聞こえていますよ、この調子です。頑張りましょう!」
夏の間、こうして日中は声を出すという練習を二人で行っていた成果だろうか、以前は思うように力が入らず出なかった声が、少しではあるが出せるようになっていた。それもこれも、傍で熱心に励ましてくれる紅葉の存在があったからこその成果だと春姫は彼女の手を握る。
この秘密の練習は未だ紅葉以外に伝えておらず、いつか驚かせてあげようと春姫は密かにその日を夢見て今日もこうして声を出そうとしている。紅葉の喉に手を当てて、自分も真似をしてみるが、なかなか思うようにいかない。
「少し休憩にいたしましょう。先日、中将様がお届けになられたお菓子があるのですよ」
「ありっ、ぁ……」
咄嗟に出たものとしては普段よりはっきりと、紅葉の耳に届いていた。
「これくらいなんてことないですよ。さ、どうぞ」
自分の声が届いた嬉しさからか、はにかみながら出してもらったお菓子を食べる春姫を見て、紅葉もつられて笑顔になる。このまま声が出せるようになって、和春と結婚することが出来ればこれ以上の幸せはないと内心思いつつ、もう少し日差しを入れようと御簾を少しだけ上げようとした。
今日の訪問者は誰もいないだろうと思っていたのだが、すぐそばで馬を駆ける音がした。慌てたように屋敷に入ってくるらしく、紅葉は、上げかけた御簾を下ろし、誰が来たのか確認しに廊下を進む。
「和春様ではありませんか。どうしたのです、こんなに慌てて」
「紅葉。すまないが、春姫に会わせてほしいんだ。しばらく、こちらに来られない用事が出来た」
「お会いになるのは構いませんけれど……とにかく一旦落ち着かれてはいかがですか」
「そうだな」
息を整えながら、春姫の元へと早歩きで向かう。
急いで来たもののすぐに戻らなければならないのだ。はやる気持ちを落ち着かせながら、春姫の前に座った。