さくらのこえ
「春宮様、和春が参りました」
「待っていたよ!今日は珍しいものが手に入ったんだ」
和春が春宮の元へ向かうと、嬉々として話を始める。
「そういうのは春宮妃様に教えてさしあげれば良いのではないですか」
至極当たり前のことを告げる和春に春宮の表情は空気の読めないやつだと言わんばかりの雰囲気を出す。
そんな春宮に気づかずか、あるいは気づいていて無視しているのか、和春は涼しい顔で言葉を続ける。
「藤の中将もお困りでしたよ。もう少し歩み寄る努力をなさってはどうですか」
「……私の望んでいたものではなかった」
「家柄もご身分も申し分ないでしょう」
「私は……!……いや、いい。今更だ。どうもあの方は美しすぎて話しにくいのだ」
「良いことではないですか。さ、それを持って春宮妃様のところへ行ってください」
目の前に座る自分より二つ年下の春宮はまだどこか幼さを携えていた。元服を迎えたばかりでまだ無理もないと和春は内心で思う。
きっと女性に対して上手い接し方を知らないのだ。和春も和春で経験が多いかと言われれば答えに詰まってしまうが、少なくとも春宮よりは先を進む者であって、後押しをしてやらねばならない。
「きっとお喜びになりますよ。さ、早く」
「お前、早く帰りたいだけだろう」
「そんなことはございません。春宮様を思っての言動ですよ」
半ば強引に春宮を持ち上げ、移動を促す。
実のところ和春はここ一週間、早く帰宅をしようとしていた。それを見逃していない春宮は和春を引き止めていたのだ。
だが、和春も負けてはおらず、今日こそはと春宮を春宮妃の元へ連れて行くことにした。
「大丈夫です。春宮様は上手くやれますよ」
「分かったからその笑顔をやめろ」
貼り付けたような笑顔を恐れてか、春宮も諦め春宮妃の元へ足を向ける。
「明日の良いご報告お待ちしております」
不満そうな顔を見送り、和春は踵を返す。
何だか、胸がざわついていた。
何かが起こる気がした。
「和春様!お待ちしておりました」
邸に戻ると、女房の一人が慌ただしく迎える。
「もしかして……」
「はい」
和春は着替えもそっちのけで靴を脱ぎ捨てるとある場所へ駆け出す。
待っていたのだ。彼女の声を。生きていると分かる、その瞬間を。