ベイビー クライ
帰り道でかじかんだはずの手は、瞬く間にほぐれてゆく。
桜の木の魔法――?
「俺が辞めれば、お前は教え子じゃなくなる」
いや、違うよね
先生の、ぬくもり。
「そうなれば俺、さすがに今までみたく我慢できねぇし」
「――っ」
あたしの手を自分の口元に当てた先生が、片眉をぴくりと上げた。意味深な笑顔。
驚きすぎて目を真ん丸に見開くと、ぽろぽろとひとりでに、大粒の涙が零れてきた。
「せ、先生っ、泣かさないって言いましたよね」
「お前は揚げ足とるの好きだな」
でも、と付け足して、シートベルトを外した先生が、あたしの方に体を向き直す。
ぽんぽんと、頭を撫でられる度に反動で、涙が落ちた。
「時間掛けてくのも悪くねぇな。もう少し、お前の泣き顔見ててぇし」
――先生?
あの涙は古い恋の代償だったけれど、もう水溜まりは、染みて、溶けて、なくなったんだよ。
「…あたし、先生のことが、好きです」
あたしの涙の訳も、笑顔のきっかけも、全部、これからは先生のため。
この大きな手のひらを、放したくないって思った。何に代えても。