僕と舞ちゃん
そんなある日の朝、僕は舞ちゃんが会社に行くのにいつもは付けない香水を付けている事に気付いた。
今迄も付ける事はあったが、それは授業参観や入学式といった特別な日だけで僕の知る限りでは会社に行くのに付けた事は無かった。不思議に思い聞いてみようかと思った僕だったが、普段より化粧も厚い舞ちゃんを見て僕は何故かその事を聞けなくなってしまった。
「慎ちゃん、行こう」
そんな事を考えていると和美がいつものように僕を呼びにきた。
「ねえねえ、慎ちゃん」
いつものように自転車の後ろから和美が覗き込むように僕に話し掛けた。
「なに?」
「今日ってさ、慎ちゃんのおばさん目茶目茶綺麗にしてたよね?香水も付けてたし何かあったのかな?」
やはり女である和美はいつもと違う舞ちゃんに直ぐに気が付いたようだ。
「別に?ただの気分転換じゃないの?化粧は最近寝不足だから化粧で隠すって言ってたし」
実際舞ちゃんはそんな事を言っていたのは本当だった。
「馬鹿ね、そんな事ある訳ないじゃない?もしかしたら慎ちゃんのおばさん誰か好きな人が出来たのかな?女が化粧したりするのってそういう事のような気がするんだけどな」
和美にそう言われ僕は何とも嫌な気分になった。それはどう説明して良いか判らなかったが、心の底から不快な気持ちになった。
「お前が言っても説得力無いって、何が女が化粧を、だよ」
僕はそう吐き捨てるように言った。
「慎ちゃんって本当に鈍感だよね~」
「何でさ?」
「私だってちょっと前からリップグロス塗ってるのに全然気付いてくれないし」
「え?そうなの?全然判らなかった」
「だから鈍感だって言ってるの!キスする時に唇がカサカサだったら慎ちゃんもショックでしょ?」
僕はそれを聞いて思わず自転車の運転を誤り転びそうになった。
「ちょ、ちょっと慎ちゃんったら危ないじゃない!」
「お、お前が変な事を言うからだろ!」
「あはは、慎ちゃん赤くなってる。やっぱり男の子なんだね、スケベ!」
「馬~鹿」
僕はそれだけ言うのがやっとだった。
「でもさ、本当におばさん好きな人が出来たのかもよ?だいたいあれだけ綺麗なんだもん、男の人から口説かれたって全然おかしくないもん」
僕はそれを聞いて益々嫌な気分になった。嫌な気分というよりはどこか寂しい、そしてとても不安な気持ちになった。それは子供の頃舞ちゃんと買い物に行った時に逸れて迷子になった時の気持ちに似ていた。
当時デパートで迷子になった僕は心細い気持ちにも関わらず泣くに泣けず、ただ知らないオバサンに連れられ迷子預かり場で一人舞ちゃんを待っていた。
和美からそんな話を聞かされた僕は学校に行っても一日上の空だった。舞ちゃんに好きな人?お父さん以外に?僕の頭は考えれば考える程どんどん嫌な気持ちになっていった。
そして仮にそんな事になったら一体僕はどうなるのだろう?
全然知らない人が新しいお父さんになるのだろうか?そしてその人と一緒に住まないとならないのだろうか?そんな想いが僕の頭の中で渦巻いていた。
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