僕と舞ちゃん

 それから僕は舞ちゃんの事を注意深く気にするようになった。朝の化粧や香水の付け方
そして帰宅時間。何曜日に遅く、そして何曜日にお酒を飲んで帰ってくるかを観察した。
すると舞ちゃんは週末に掛けて遅く、そしてお酒を飲んでくる事が判った。
まあ当たり前と言えば当たり前であったが、週末にホッとしてお酒を飲むらしい。
そんなある日、いつも遅くても九時半に帰ってきていた舞ちゃんがその時間を過ぎても帰って来なかった。
「おばさん遅いね」
最初に気付いたのはその日いつものように僕の家に居た和美だった。
「もう帰って来るだろ?」
そう言った僕であったが少し不安な気持ちにあった。勿論今日は飲んで帰るからとメールが入っていたので遅くなる理由は判っていたがそれにしても今日は特に遅かった。
(まさか途中で事故にあったとか?)
その時僕は言いようのない不安に駆られた。もし舞ちゃんに何かあったら今度こそ僕はこの世で一人ぼっちになってしまう、僕にとって身内は舞ちゃんただ一人だけなのだ。
そう考えると一人になるという寂しさと共に恐怖も込み上げて来た。
「慎ちゃん大丈夫?何か顔色が悪いよ」
その不安が僕の顔色を変えたようだった。
「大丈夫さ、和美もそろそろ帰らないとおじさん達が心配するんじゃないか?」
「別に大丈夫、慎ちゃんちに居る事は知ってるし。それに明日は休みだから」
そんな会話をしていると家の前に車が停まった音が聞こえ、舞ちゃんの声がした。
しかし舞ちゃんだけじゃなく、他に男の人の声もした。
「すいません」
するとその声の主らしい男がドアを開けながら声を掛けた。和美と玄関に行くとなんと舞ちゃんはその男性に抱えられるように帰ってきた。
「あら、和美ちゃん、ごめんね、こんな恰好で。慎太郎、お母さんちょっと飲み過ぎちゃったみたい」
「お、おばさん、大丈夫?」
「な、何だよ。どうしたんだよ」
「君が慎太郎君か、君の事はお母さんからよく聞いてるよ。私はお母さんと同じ会社で働いている種村という者なんだけど、お母さん今日はちょっと飲み過ぎてしまったみたいで、それで心配だから私が送ってきたんだ」
種村と名乗る男性はそう事の経緯を簡単に説明してくれた。見るときちんとしたネクタイが良く似合う四十過ぎくらいの男の人だった。
歳の頃は和美のお父さんと同じくらいに見えたが、役所勤めをしている和美の父親とはちょっと感じの違う、いかにも仕事の出来るビジネスマンといった感じだった。
「そ、それはどうも有難うございます、ほら舞ちゃん、しっかりしろよ」
和美が舞ちゃんを部屋に連れて行き布団を敷いて介抱してくれた。
「じゃあ、私はこれで」
「あ、あの・・どうもすいませんでした」
玄関でその光景を見届けたその男性はお礼を言った僕に軽く会釈をすると待たせてあるタクシーに乗り込み帰ってしまった。
「おばさん、水」
「う、うん」
舞ちゃんの為に和美が水を持ってきてくれたが舞ちゃんは既にそこで寝入ってしまった。
「ほら、ちゃんと着替えないと駄目だって、舞ちゃん」
「ねえ、慎ちゃん」
「何?」
「さっきの人かな?」
「何が?」
「おばさんの彼氏、っていうか好きな人」
(えっ?)
僕は和美に言われる迄そんな事が考え付かなかった。そしてとても寂しい気持ちになった。
和美は何とか舞ちゃんを起こし、着替えさせるとそのまま直ぐに舞ちゃんを寝かせた。
今日に限っては和美が居てくれて助かったと僕は思った、いくら親子とは言ってもこの歳で着替えを手伝う訳にもいかなかった。
舞ちゃんを寝かせると僕は和美と二人自分の部屋に居た。
「慎ちゃんさ、さっきの会社の人って知ってる人?」
「ううん、全く知らない。と言うか、舞ちゃんの会社の人って俺会った事無いんだよな、誰も」
「え?そうなの」
それを聞いた和美はちょっと信じられないようだった。
「でもさ、渋い感じの素敵な人だよね。地元の人っぽくは見えないから東京から来た人かな?今の人」
そう言えば前に新しく来た人が酒好きな人だと舞ちゃんが言ってっけ。それってさっきの人かもしれない、直ぐに僕はそう思った。
「ねえ、慎ちゃん」
「煩いな、お前は。そんな事どうだって良いだろ?それに同じ会社の人だからただ単に送ってきただけだろ」
僕は和美から素敵と言われ少し腹が立ってしまい思わず和美に辛く当たってしまった。
「あ~、そんなに怒らなくても良いでしょ!もう」
「あ、悪い」
「もしかしておばさんが男の人と帰って来たから動揺してるの?」
「別に、そんな事ある訳ないだろ、子供じゃあるまいし」
図星を突かれた僕はそれを悟られないよう態と平静を装った。
「ふ~ん、無理しちゃって」
「馬鹿、無理なんかしてないって」
「はいはい、じゃあおばさんも帰って来たし私もそろそろ帰るとするね」
そして和美は隣の自分の家に帰っていった。

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