僕と舞ちゃん
 翌朝、仕事が休みだからなのかそれとも昨日のお酒がまだ残っていたからなのか、僕が起きる時間になっても舞ちゃんは起きて来なかった、舞ちゃんが僕より遅く迄寝ているのは珍しい。
仕方が無いので一人でコーヒーを沸かし、トースターでパンを焼き朝食を食べている時にやっと舞ちゃんが起きて来た。
「ごめん、煩かった?」
「ううん、慎太郎丁度良かった、私にもコーヒー入れて頂戴」
着替えもせずテーブルに座った舞ちゃんはまだ少し辛そうだった。
「パンは?」
「コーヒーだけで十分、まだ少し昨日のお酒が残ってるみたい、昨日は面目ない。驚いた?」
「まあ、ちょっとはね。舞ちゃんがあんなに酔ったのって今まで見た事無かったし」
確かに僕はあんなに舞ちゃんが酔ったところを一度も見た事が無かった。と言うより、僕の前では当たり前であったが常に母親である舞ちゃんが男の人と一緒の光景も珍しかった。外の顔という訳では無いが、働いている舞ちゃんを初めて見た気がした。
「うん!慎太郎、あんたコーヒーの煎れ方上手くなったじゃない」
舞ちゃんは一口口にするとそう言った。
「それより昨日の人ってさ、今年から来た新しい人?」
僕は普通に聞いたつもりであったが、舞ちゃんにはそう映らなかったかもしれない。
「そうよ、彼が来てからお酒を飲む機会が増えちゃって」
彼、そういう言い方をした舞ちゃんに僕は驚いた。
「結構格好良い人じゃない?和美も素敵な人だって言ってたよ」
「ふ~ん、そうかな?まあ、本社から来た人だからそういう意味ではちょっと違うタイプの人かな」
「どういう人なの昨日の人」
「どうって?」
「いや、別に。和美が舞ちゃんの彼氏か好きな人だなんて変な事を言うからさ」
「へえ~、和美ちゃんがね」
そう言いながら舞ちゃんは僕と視線を合わさず両手でカップを抱えながらコーヒーを半分近く迄飲んだ。僕は舞ちゃんがその言葉を笑い飛ばすのを待っていた。
「もしかしてそうなの?」
「ふふふ、慎太郎、あなた気になるの?」
「別に、ただ和美がそう言ってたからさ」
和美の言葉を借りていたが気になっているのは僕の方だ。
「彼はね、種村さんといって本社から来た課長さんなの。歳は今年で丁度四十だから私より三つ上かな。何年か前に奥さんを事故で亡くして、お子さんも居なくてね。それで夕飯を一人で食べるのが面倒らしくって、それでたまに夕飯がてら皆で飲んでるのよ」
「へえ、そうなんだ」
しかし僕の聞きたい事はそんな事では無かった。
「それでね・・」
「何?」
「実はさ、まあ子供のあなたにこんな事を言うのも照れるんだけど、お母さんあの人からお付き合いしないかって言われてるの。近いうちに言おうかと思っていたんだけど、昨日あなたも彼と会ったし、それに丁度聞かれたから今こうして話したんだけど」
舞ちゃんはまたもその人の事を彼と呼んだ。僕はその言い方が嫌だった。一瞬であったが舞ちゃんに対し何とも言えない嫌悪感が僕の中に走った。
「それで?舞ちゃんはどうしたいの?もしかして既に付き合ってるの?」
そう言いながら僕は頭の中で色々な事を考えてしまった。もしかして既にそういう関係になっているのか、もしそうなら僕はそんな舞ちゃんを許せないと思った。
「まさか、ただ言われただけよ」
「それで?それで舞ちゃんはどうするの?」
「さあ、私にも判らないんだ、どうしたら良いか」
何で判らないのか僕にはその意味が判らなかった。
「何で?」
「何で・・ふふ、さあ何でだろうね。ただそんな事を言われたのも久し振りだし。どう?慎太郎、お母さんもまだまだ捨てたもんじゃないでしょ?」
そう言った舞ちゃんの表情を僕は今迄見た事が無かった、そして見たく無かった。
僕の知ってる舞ちゃんは母親なのにそう言った顔は僕のまるで知らない女の顔をしていた。
「慎太郎は?お母さんがお父さん以外の人と付き合うのは嫌?」
「べ、別に。俺には関係ない事だし、それに俺だって子供じゃないから、だいたい決めるのは舞ちゃん自身じゃないの」
「ふ~ん、そうなんだ」
関係無い、いや関係は大有りだ、でもその時の僕は心にも無い事を言ってしまった。
「慎太郎がそう言うなら暫く考えてみるかな、今度ちゃんと種村さんを紹介するわ」
それを聞いた僕は自分が言った事を後悔した。絶対嫌だと言ったら舞ちゃんは判ったと断ると言ってくれたかもしれなかったからだ。
「あ、あのさ、俺ちょっと出掛ける用事があるから」
そう言うと僕は逃げ出すように出掛けてしまった、それはこれ以上その話を聞きたく無かったのと舞ちゃんの母親では無い顔をこれ以上見たく無かったからだ。
家を飛び出したものの何処へ行くとは決めて無かった。結局夕方迄色々な所で時間を潰した僕は夕方になると仕方無く家に戻った。
家に戻った僕に対し舞ちゃんはそれ以上種村という人の名前を口にしなかった。
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