僕と舞ちゃん

　それから舞ちゃんは相変わらず仕事で遅かったり、お酒を飲んで帰って来ていたが前のように潰れるような事は無く、そしてどんなに遅くても九時半には帰ってきていた。
そしてあれ以来種村という名前を僕の前で一切口にしなかった。
僕はあれからどうなったのか気になっていたがまさか自分から聞く事も出来ず、もやもやとした気持でいっぱいだった。
ただ時折見せるようになった、いやもしかしたら僕が気付くようになったのかもしれなかったが、舞ちゃんの寂しそうな表情を時折見るようになった。
その表情を見る度僕は舞ちゃんが何を考え、そしてどうしたら良いか判らなかった。
「慎太郎、お母さん今日はちょっと遅くなるから」
そんなある日出掛けに舞ちゃんがそう言った。
「何で？」
「まあ、色々とね。だから遅くなっても心配しないで良いから」
その言葉から僕は舞ちゃんが種村という男と会うと感じた。遅くなる、それは一体どういう意味なのだろうか、僕はそれを考えるととても嫌な気持ちになった。
そしてその日、確かに舞ちゃんの帰りは遅かった。
「今日もおばさん、遅いね」
いつものように僕の家に来ていた和美がそう言った。
「ああ、何か今日は朝から遅くなるって出て行ったから」
「本当？それって・・・」
「馬鹿、何考えてるんだよ」
「だって・・」
和美でさえそう思うのだ、僕もそういう事を考えていた。それを考えるととても不安な、そして居ても立っても居られない気持ちになっていた。
「慎ちゃん」
すると和美がそっと僕に抱き付いてきた、いや正確には僕の事を優しく抱き締めてくれたといった表現が適切だったかもしれない。
和美の小さく、そして柔らかい体が僕を気持ちごと包んでくれた、それは子供の頃に舞ちゃんが力一杯僕を抱き締めてくれたそれとは違っていた。
「辛いよね」
僕もそれに甘えるように和美に身を任せた。いつしか涙が溢れていたがその理由は自分でも判らなかった。辛いのか、哀しいのかさえ判らなかった。
和美も泣いていた。
「有難う、和美」
それからどれくらい抱き合っていただろうか、気持ちの癒された僕は和美から離れた。
そして不思議と舞ちゃんに対する気持ちを冷静に考える事が出来た、例え今舞ちゃんがあの種村という男と抱き合っていたとしても許せる、そんな気持ちになっていた。
理屈では無く本能で求め合う、そんな事が男と女にはある、それが少しだけ判った。
そして舞ちゃんは今迄ずっとそんな寂しさを一人で耐えてきた、それが判った僕は舞ちゃんに対して申し訳無い気持ちでいっぱいになった。