僕と舞ちゃん
「ただいま」
そんな事を考えていると舞ちゃんが仕事から帰ってきた。
「おかえり、今日は遅かったね」
玄関で出迎えた舞ちゃんの表情には疲労の色が浮かんでいた。
「うん、一人具合が悪くなって午前中で帰ったから、それで急にバタバタしちゃったの」
「そうなんだ、大変だね」
「まあね、でもあんたが高校生になったから少しは安心して仕事が出来るし、お隣さんも居るから助かるわ」
「そうだ、和美のおばさんが料理くれたよ」
「あらやだ、また?本当にいつも申し訳無いわ、後でお礼に行かないと」
小さな頃から二人で暮らしている僕にとって舞ちゃんが帰ってくると嬉しい。靴を脱ぎ部屋に上がった舞ちゃんはそのまま僕の前で着替え始めた。
「ちょっと、好い加減に俺の前で着替えるなよ」
「おうおう一丁前に色気付きおって。何を照れてるのよ?つい最近まで一緒にお風呂に入っていたくせに」
「何言ってんだよ、それにそんなの何年前の事だと思ってんの?」
僕は舞ちゃんのこういう所が嫌だった。嫌というか、この歳になると流石に照れるのだ。息子の僕から見ても他の友達の母親より若い舞ちゃんは綺麗だった。
「ちょっと、慎太郎悪いけど背中のファスナー下げてくれない?何か噛んじゃったみたい」
「何だよ、そんなの自分で何とかしろよ」
「だって一人じゃ無理、早く、ほらお願いだから」
そんな僕の気持ちを知らずに舞ちゃんは少しだけ背中の見える状態で僕に背を向けた。
昔から女のくせに体の硬かった舞ちゃんは僕が小さな頃からよく洋服のファスナーの上げ下げを頼む、小さな頃は僕も面白がって上げ下げをして自分では付けない変な紐が不思議だった。そういえばいつだか法事の時に親戚の前で下げた時は舞ちゃんも驚いたっけ。
「まったく、ほら!」
僕は無造作に、そして少し横を向きながらファスナーを下げた。舞ちゃんのブラジャーのホックが見えると僕は何とも言えない気持ちになった。
「サンキュウ!」
こんな事を言ったらマザコンだの近親相姦だの言われ、からかわれそうではあるがそんな変な気持ちではない。小さな頃から僕にとって身内はこの舞ちゃん一人なのだ。
そして舞ちゃんは母親で、僕を小さい頃から一人で育ててくれた。でも舞ちゃんは女で、そして僕は男なのだ。それが最近判り過ぎてこそばゆい。
一番判り易く言うなら友達と遊んでいる時に外で母親に会った時の何とも言えない恥ずかしさといった感覚がピッタリかもしれない、それが二人で居る時も最近はそう感じるのだ。
「あ~、お腹空いた。慎太郎は?」
「俺は和美の家で食べてきた」
「そうなんだ、じゃあ私は一人で食べるとするか」
毎日毎日働いて、しかも帰りに買い物までする舞ちゃんを大変だと思った。会社に休みがあっても母親としては休みが無い。
「おっと、美味しそうな野菜炒めね」
「和美の爺さんが送ってきたらしいよ、この野菜」
「そうなんだ、私も何回か会った事あるな、最近は来ないみたいだけど元気なのかな」
そう言いながら着替え終わった舞ちゃんは自分で買ってきた惣菜と和美の家から貰ったおかずで食事を始めた。
「そういえば慎太郎、学校はどうなの?」
「どうって、別に普通さ」
「普通じゃ判らないでしょ?授業が難しいとか、クラスが楽しいとか、そんな事を聞いてるんだけどな、私は」
「だって普通は普通なんだから仕方ないじゃん。それに結構中学から一緒の奴も多いし、先生も普通。あ、先生は中学と比べて優しいというか、甘いね」
「甘いって?」
「うん、県立だからかもしれないけどあまり怒ったりしないね、生徒の自主性に任せるっていうか。だから歳の離れた友達みたいな感じかな、どの先生も」
「ふ~ん、そうなんだ。それは良いかどうか親の立場からしたら微妙ね。一度担任の先生に会いに行ってみようかしら?慎太郎、高校って三者面談とか無いの?」
「な、無いよ、そんなの。それに仕事も忙しいのに会社を休んで迄来る事無いって」
僕はそこで嘘を付いた、実は新しい学校に入ったばかりだったので保護者会の案内が来ていたが舞ちゃんに内緒で捨ててしまった。
それは仕事の忙しい方は特に来なくても良いと書いてあったのと、舞ちゃんを学校の仲間に見られて色々と言われるのが嫌だったからだ。
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