マエストロとマネージャーと恋と嫉妬と
そのまま舞台中央まで連れていかれると、ボナリーさんは、マエストロから楽器を再び受け取り、途中から演奏を続けた。
指揮も引き振りで続ける。

ボナリーさんが指揮台の上に戻った事で、背中しか見えてなかった視界が開けた。

一瞬、自分の目を疑う。
ボナリーさんの背中と入れ替わりに私の視界に入ってきたのは、私の前にひざまずき、何かを差し出すマエストロの姿だった。

………指輪だ。

ケースに恭しく鎮座ましまして居られる。

客席から歓声が上がる。



ーーーーーやられた!!



これはよく見るアレだ!公開プロポーズ的なアレだ!!私にとっては、公開処刑だ!!!

「Veux tu m'épouser?」
(僕と結婚してくれませんか?)

ひざまずいた姿勢から、マエストロはうっとりとした表情で言葉を発してきた。


今、改めて気づく。何故この曲を選んだのか。

ジュ トゥ ヴ
『Je te veux.』

日本語で言うと、『お前が欲しい』。
そういう意味だという事を。


会場は、早くしろ!どうするんだ?受け取れ!の何とも言えない空気がざわざわ漂い始める。
物凄い圧迫感。

もう、もう。
私にはもう無理です。

自分で蒔いた種は自分で何とかして下さい。



そこで私は気を失った。(フリをした。)



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