元通りになんてできない
「美味しい?」
「おいしい!」
「ゆっくり食べるのよ?」
「うん」
もう、ずっと二人きりのご飯だ。
知里の父親、信次朗は昨年居なくなった。この世から。
事故だった。あまりの突然な事に、理解は出来ても、受け入れる事は出来なかった。
それは、今もずっと…。
小さい知里には、信君が居ない事、まだ理解出来なかったから、あれからずっと、お父さんは遠いところに行った事になっている。私がそう言った。
「知里、今日からお母さんと二人ね…」「うん」。
しばらくしたら、お父さんは帰ってくる、きっと、そんな風に思ってるだろうと思った。
引っ越しをした。
信君の気配があちこちに感じられる部屋。結婚前から一緒に居た部屋。
ソファーの前にもたれるように座ると、いつものように左側にくっついて、並んで座って居るような気がした…。知里が生まれてからは知里を膝に乗せ腕を上げてみたり、一緒に転がってみたり…。
色んな姿がそこにいるかのように見えるようだった…。
ずっと住み続けたかったが、金銭的に無理だった。
今は築年数のかなり経ったアパートで暮らしている。
必然的に仕事をしないといけなくなった私は、今の会社が事務員募集をしていたのを見つけ、運よく職につく事が出来た。
場所も近いから助かっていた。
「おかあさん、ひじき」
「…あ、ごめん。入れるのよね?」
コクンと頷いた。
知里はご飯に混ぜて食べるのが好きなのだ。
知里は好き嫌いが無い。
信君と私の子供。…居てくれて良かった。
この子が居なかったら…、きっと、今の私は存在していなかったと思う。
憐れな目で見られるのではないかと…、それが嫌で、面接で夫の事には触れなかった。
子供がまだ小さいから、病気になったら休まないといけないと告げたら、面接の担当者が、自分にも小さい子供が居るから、お母さんの大変さは解りますよ、と言ってくれた。営業職では無いから大丈夫ですよ、と。
他にも数名面接を受けた人が居たようだが、私に決まったから…、もしかしたら、ううん、きっとそう…、信君が助けてくれてるんだと思った。