元通りになんてできない
「そんなに…、急かなくてもいいじゃないですか。せめて、俺のコーヒーが来るまで、待って貰っていいですか?」
「あ、ごめんなさい…はい、解りました」
「ふぅ。…こんな時だからって、敬語、止めませんか?俺らは、ずっと…。
もうずっと…、長い付き合いじゃないですか。今までのように話しませんか?」
失礼します。
コーヒーが置かれた。ドア、閉めますねと声を掛けられ、薫さんがお願いしますと返した。
「うん、解った」
「それから、猛は猛ですから、呼び方もね」
「うん、解った、猛君」
「はぁ…。今日はブラックなんですよ、俺。大人ですから」
「…猛君」
「俺の話を先に聞いて貰っていいですか?」
「でも、私が…」
「いいから。…何も言わないでください。俺の話を聞いてください。これからの、…俺らの在り方の条件です。俺と薫さんの」
「え…」
「んんっ。これからも、ずっと俺は勇士のお父さんです。会いたい時、会います。
飯も食います。風呂も入ります。お泊りもします。何も変わりません。
変わるのは俺と薫さんの、気持ちの問題の部分だけです。俺は、…大丈夫だと、…どこか胡座をかいていました。ずっと変わらないと…安心していた。努力すること、いつしか忘れていた。…また甘えていた。こうなっても仕方ないんです。…寂しくさせた。結局、薫さん一人に頑張らせてしまってる。……悔しいです、悔しいけど…、俺との事実婚は、この先…ず、…ずっと、現実にならない、と…いう事です。
これが…グスッ、条件です。…いいですか?グスッ」
「猛君…私、…我が儘でごめんなさい…」
「あーっ、…泣かないで。…泣かないでください、薫さん。自分を責めたりしないでください。…頼れる男になれなかった俺が駄目なんです。
薫さんを泣かせたくないんです。何も言わないでください。…もう、何も言わなくていい。いいんです。ここで話す話は、場所のせいなんですかね?…。いつもいつも、…貴女を泣かせてしまう事ばかりだ…。って俺が泣いてどうする…ハハハ。…」
「…猛君、大人になったのね…こんな事…」
「ちょっとー、グスッ。なんで今、…そんな事、…言います?」
きついっすよ…。俺は変わらず好きなんですから…。諦めたくないに決まってるのに。
今…、その誉め言葉は、だったらって…大人な俺ならって、…そう言いそうになるじゃないか…。本当に、もう…。苦っ!
俺の正直な感情、本音は飲み込まなければいけない…大人だから。
勢いで飲んだコーヒーは苦かった。
「最初には…、あの頃には、…もう戻れなくなりました。ふぅ…。だけど、…何も変わりません、薫さん。勇士のお父さんとして、ずっと関わりますからね?」
「うん、解ってる。有難う。勇士の為にも、お願いね?……猛君、無理せず自然でいいからね」
もう、無理して大人にならなくっていいって?…。フ、これだって、やっぱり、コーヒーはまだ、あり、無し、じゃないとな。まだ…俺にはどれも無理だ。
−完−