元通りになんてできない
ICカードを読ませ、改札を通る。
緊張する。知里は騒いだりしないだろうけど、どんな人が乗っているか解らないから。
最近はどこに居ても安全は無い気がする。しっかり見てなくちゃ。ボーっとしてたら危ない。
「知里、電車が来るよ。あれに乗るのよ」
「わー、…うん」
騒いじゃいけないと思ったんだ。手はずっと繋いでいる。片手を口に当ててから返事が帰って来た。やはり休みの昼前は人が多い。少し後悔が顔を出した。
「おかあさん?」
「あ、ごめんごめん」
考え事をしてる場合じゃないのに。車両に乗り込み、空いている席を見つけて隣の人に会釈をして知里を座らせた。
私は前に立って知里と手を繋いだ。
そんなに長い移動では無いけれど、知里が座れて良かった。
「どこに行くの?」
隣に座ったおばさんが知里に話し掛けてきた。
「んと、えっと、どうぶつえん」
「そう。いいわねぇ。お母さんとお父さんと?」
…あ。
「おかあさん!」
「そう、お母さんと。いいわねぇ」
私は頭を下げて挨拶した。一緒に居ない父親とは待ち合わせてるとでも思ったのかも知れない。
内心、これ以上、話が進んで、父親の話にならなければいいと思っていた。
知里が返事に困るから…。
「鷹山さん?」
「は、い?」
車両の連結辺りから呼ばれたような気がして顔を向けて見た。
あ、幸元君…。
沢山の乗客の中、頭一つ高いところで微笑み、吊り革のバーの部分を掴んで立っていた。
「次は〇〇動物園前です。降り口は右側になります。お足元に…」
「知里、降りるよ」
「はい」
椅子からぴょんと下りて手を繋いだ。
「バイバイ」
「バイバイ」
笑いながら手を振る隣のおばさんに挨拶して別れた。
「すいませ〜ん」
声をかけながらドアに寄った。